2008年04月15日

下駄っぱーず誕生 -Original Story-

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2004年9月20日 地球感謝祭

諸君らは覚えているだろうか。

「下駄っぷ」が初めて舞ったことを。
「下駄っぱーず」が誕生した瞬間を。


すべてには始まりがある。
すべてには物語りがある。


とゆーことで突然ですが、おそらく誰も見ていないこのスペースで、
「初代(元祖)下駄っぷ」誕生までのノンフィクションエッセイでも連載しようと思います。
うわぁい暇人。

飲み会だといつも騒いでばかりで、
まじめな思い出話なんざしないからね。。


【注意点】

・記憶は曖昧です。よって、時系列は特に適当です。
・元祖のメンバー以外は当然出てきません。ごめんなさい。
・連載中の写真は2004年当時のものを掲載。無論俺中心。
・僕の記憶のため、僕が美化されています。
・僕が自分好きのため、僕が美化されています。


全5回の予定。
途中で突っ込み訂正意見なんでもござれだ。
むしろ誰かサイドストーリーを書け!

というわけで、思い出の旅にいざ出発。
We were..



-第一夜-

2004年、初夏

気だるくて、暑くて、熱くて、
愛しくて、忘れられない日々に捧ぐ


早稲田大学キャンパス、二十歳の夏。

学園祭運営組織「早稲田祭運営スタッフ」
企画局に所属していた俺は、幹事代の学年として

企画に会議に新人育成、果てはビラ撒きに立て看板作りと、
思い返しても忙しない毎日を送っていた。


「日本一の祭りを創る」
「早稲田が日本一であることを証明する」


そんな想いを具現化するために、
最も精力的に活動すべき幹事代。

だが俺は実のところ、当時かなり冷めた感情を抱え、
鬱屈とした日々を送っていた。


副代表選挙の落選。
続く役員指名でも、まさかの役員落ち。


期せずして転がり込んできた企画局副局長の仕事と
新人隊長として1年生との交流はそれなりに楽しかった。

だがそれ以上に、役員会の保守的な方針、
優柔不断な当時の代表への不満は溜まる一方だった。


「なんであいつらが俺の上なんだ!
 なんであんなつまらない決定が通るんだ!」


祭りが、したい。「すっげぇ面白いこと」がしたい。
熱さが、熱気が、熱量が足りない。

そんな悶々とした毎日を過ごしていた自分に、
丸顔の少女が尋ねてきたのはいつだっただろうか。


「下駄でタップダンスがしたいんです!」


確か、例年まったく盛り上がらない地域祭

『地球感謝祭』

を盛り上げるコンテンツを考えているときだったように思う。


『Get up!(下駄っぷ!)』


と題されたそのネーミングのセンスと、
キラキラした少女の表情を見てまず

「面白そうだな」

と思い、また

「やらせてあげたいな」

と考えたことを覚えている。


というのも、企画局1年生が中心に考えた企画、

『早稲田祭初日パレード』

が役員会の決定によって、…悪い言い方をすれば…、
「潰された」直後だったからだ。『Get up!(下駄っぷ)』は本来、
その初日パレード内のコンテンツだったはずである。


未熟なりに考え抜いた企画を無碍に却下された直後、
彼らの落ち込み方は肌で感じていた。

彼らの企画を守れなかった自分の贖罪も兼ねて、
この企画を押したいと直感したのだ。


なにより、一度や二度提案を却下されても、
めげずくじけずキラキラした表情でまた新たに

「すっげぇ面白いこと」

をしようとしている少女に
自分に足りない熱さを、熱気を、熱量を見たのかもしれない。
その少女の名前は、原田恭子と言った。


「…面白いんじゃない。役員会に通しておくよ」


多くは語らず、事実深く考えず、
俺は2つ返事でその提案を受け取った。


しかし、ただ単純に「すっげぇ面白いこと」をするのに、
周囲は、組織は、「祭」でさえ、予想外に冷めた反応をすること。

それを当時の俺は知る由も、
なかったわけじゃなく実はヤバイと薄々思っていた。



−第二夜−

《早稲田祭運営スタッフ役員会》

国連を隠れ蓑に太古より世界を裏から操っていると云われる秘密結社。
使徒に関する予言が書かれていると推測される「裏死海文書」を所持し、
それを元に作成した遠大なシナリオに沿って行動している。

意志決定会議に参加するメンバーは12人であり、
その首魁は人類補完委員会議長でもあるキール・ローレンツ。
その会議はホログラムを介してサウンドオンリーで行われる。


以上すべて嘘。
ていうかゼーレ(from エヴァンゲリヲン)。


【正】

早稲田祭運営スタッフの意思決定を司る最高機関である。
代表副代表及び各局の局長で構成され、副局長には代理出席が認められる。
また、アジェンダの提案があるものも、一定時間の出席が許される。


個人的な感情を抜きにしても、2004年の役員会は
レベルの高いものではなかった。ていうかぶっちゃけ終わってた。

女子プロレスラーのような屈強な代表は
外見とは裏腹にヘタレた意見を出しまくり、三々五々まとまらない議論。
そして

「ペットボトルのフタより器とち○こが小さい男」

の異名を持つN副代表の議長っぷりたるや、


議長「つまりまとめると…(クドクド)
   結論としては…(云々かんぬん)」

ぉーぃ


ドリフのコントの如く果てしなく続く会議。
そして当たり障りのない保守的な結論。
まるでどこぞの国の国会のようだ…

時おり代理出席を頼まれたときは、苦痛な時間として
嫌々ながら会議室に向かったことを鮮明に覚えている。
某参加団体局長は、大体会議中パソコンでドラクエをやっていた。もはや。


「下駄っぷ」の提案をすべく企画書を抱えていったその日も、
また頭の固い連中に何を言われるやら・・・と、陰鬱な気分で席についた。

企画趣旨のプレゼンが終わり、
開口一番飛んでくる意見。


「運営スタッフは祭りを運営する組織、ハード面を提供する裏方スタッフ。
 ダンスなんてソフト面をやるのは運営理念に反する」


出たー正論!

古来よりそもそも、正しいことなんてたいていはつまらないことなのである。
だからこそ子供の頃のピンポンダッシュや、校則破りがあれほど愉快で面白いのだ。

正論こそが人を、組織を、陳腐化するのである。

蛇足だが、ゆえに少量のセクハラ行為が組織を活性化することが
逆説的に証明される日も近いであろう(願望)。


「なんで下駄でダンスなの?意味わかんねーし」と広報局長。
面白いことにいちいち理由が必要かね…

「そんなのに手を出して、通常のタスクは回るんですか?」と渉外局長。
わざわざ「タスク」なんて横文字使うな、このエリート!

「地球感謝祭当日、運営ただでさえ人数足りないんですよねー。。それがダンスに行くと…」
と運営局長。う…確かに。。それを言われると…


侃々諤々、喧々囂々。
議論は白熱し、しかし、ネガティブな方向に収束しつつあった。

「じゃあまとめると(クドクド…)、そういうことで。。」

予定調和的に、やらない方向で話しを流されかかったとき、
俺はキレた。ロジックとか何もないけどキレた。


そもそもこんな予算もゼロで、言えばたかだか数十分のダンスをするのにこの組織は役員会の意思決定まで必要なのか、このオタンコナス!いやそれ以前に、祭りが、面白いことがやりたくて入ってきた新人のその企画を頭から潰す組織が、「日本一の祭り」なんて創れるかヴォケェェ!


メタメタな理屈をまくし立てる俺に、
マイペースな企画局長がのんびりと言った。

「そんなこと言ってもさぁ、誰が仕切って責任取るわけぇ?
 おまえだって自分の企画もあるだろぉ」

そうなのだ。

他局が比較的ヒマな夏休みも、
ブッキング作業のある企画局は案外仕事が山積みで忙しい。

まして当時、様々な本部企画が乱立し、
局長副局長ともにてんてこまいだったのだ。


しかし、そうもいっていられない。やると決めたのだ。
やると決めたら、できない理由より、できる方法を考えるのだ。


「やる。俺が責任とるよ」
「やるったって、どうやってぇ?」
「どうって…そうだなぁ。。」
「なんだ、そんなことも考えてないのかぁ」


ここまで来たら、売り言葉に買い言葉。
次の言葉で是非は決まった。





「…踊る!俺も踊る!」



−第三夜−

【前回までのあらすじ】

売り言葉に買い言葉で踊り子になってしまったマーニャオトキタは
踊れない・時間がない・彼女ができないという
三重苦に悩まされるのだが…


役員会の承認こそ取ったものの、
顔を付き合わせた我々はハタと途方にくれた。

「get up!(下駄っぷ!)」というキャッチーなコンセプトと、
「下駄でタップする」パフォーマンス内容事態には問題ない。

しかし課題を数え上げれば


1.みんな下駄を持ってない(まあこれは買えばOK)
2.踊り子が足りない(当初5名以下だった)
3.ていうか、振り付けがない


うーむ、これは困った。
オトキタ自身、よさこいのチームには所属していたものの
振り付け経験はなし。わっしょい系少女の恭子も当時踊り始めのビギナー。

振り付けがなければ、新たに踊り子を
勧誘することもままならない。


「ねえねえ、下駄でタップしようよ!」
「え、それってどんなの?!」
「(恭子がわしょわしょする)」
「きち…がい??」


お先真っ暗である。

こうした事態に直面しても、
丸顔の少女は

「大丈夫ですよーなんとかなりますからー!」

とあまり頭のよろしくない発言を繰り返していたが、
実際国民的馬鹿であることに気付くのに時間はかからなかった。
しかし、この馬鹿さ加減が後の突破口となる。

多大な不安も抱えながらも、下駄っぷだけに
注力するわけにも行かなかった俺は、ひとまず恭子と
企画局の新人たちに企画を預けて他の仕事に取り掛かっていた。


夏休みも過渡期なある日のこと。


カフェテリアに呼び出された俺は
恭子から見知らぬ人物を紹介される。

彼女の名は、さっちん。

幼少のころからダンスを修め、
有名アーティストのバックダンサー経験もある
どこぞのエセと違ってホンモノのセミプロである。


早稲田祭とさして関係もない彼女が
なんと下駄っぷのふりつけに手を貸してくれるという!
彼女曰く、そのきっかけたるや

「学館のB2で下駄履いてわしょわしょしてる集団をみて
 なんか面白そうだと思って自分から声かけた」

…ここにオトキタは

「馬鹿が馬鹿を呼ぶ」

という法則を確信するに至るのである。


ともあれ、これで役者は揃った。


振り付けの見通しがついたので、次は音決め。
試行錯誤の末、吉田兄弟の三味線が採用される。

着々と出来ていく振り付け。
当時はまだ珍しかったDVで踊りの風景を撮影し、
みんなで共有し練習に励む。

思えばこの時代にmixi動画なんてあれば、
随分とこういうのもラクだったろうに。。


企画は順調に進むかに見えた。

が、ここでオトキタは、
長期間の活動離脱を余儀なくされる。

そう、俺の2004年8月のカレンダーの
その大半が

「インド・ネパール旅行」

で埋め尽くされていたからである。
ってアンタ!

…いや別に、仕事をさぼろうとか企画を見捨てようとか、
当時の役員会に対するフラストレーション的反抗とか
そういうことじゃ決してなかったんだ!

ただ…ガンジスが…呼んでいたから。。(遠い目)


タージ・マハルで、ガンジスのほとりで、
ヒマラヤを頂くネパールの街角で。

俺は心から下駄っぷに
想いを馳せていたのだった。

ナマスカール!(わっしょーい!)(違)


−第四夜−

【前回までのあらすじ】

下駄っぷを見捨てて涅槃の地に飛び立ったオトキタは
腹を壊す、ボラれる、ガンジスに沈むと
あらん限りの天罰に見舞われるのだが…


不健康に焼けた肌とこけた頬をひっさげ
久々の練習に出た俺は、嬉しい事実を知ることになる。

なんと、出発前は片手で数えられたメンバーが
20人近くにも増えていたのだ。


後に100ハイで驚異の脚力を証明するおっとり娘、大貫。
魚介に分類されるユニークな容姿を持つ男、上島。

初対面の飲み会で泥酔、いきなり俺にタメ口を叩いてきた川田。
そして新歓合宿で雑兵に告白、当時から時の人であった氏家。(現:うじハウスさん)


等々の下駄っぷオリジナル・メンバーも、
ここですべてが集結した。

こうしてみるとみんなそこそこ祭りの中心でありながら、
誰一人役員にならなかったあたりとことん
傍流の集まりだったんだなぁと思う。


残された時間はあまりなかった。
みんなメインの業務と、一応授業というものがある。

モチベーションも人それぞれ。
真面目に練習するもの。ただなんとなくいるもの。
やる気のあるもの。あまりないもの。

ただその中心にはいつも、
ガムシャラに動く恭子の姿があった。


「当日は俺が音響リアカー引きますから、任せてくださいよぉ!」
ヤクザのような風貌をしたジョーが笑う。

「オトキタさん、踊り終わったら、すぐ来て下さいね。警備、すくないんすから!」
後輩の警備スタッフたちが冗談交じりに声をかける。


踊り手以外にも、たくさんの人々に
支えられていることを強く実感する。

たかだか数十分のダンス数回だけれども、
ハード面のみの運営スタッフがソフト面に進出した意味。
いや、そんな堅苦しくなくても、


「とにかく、面白そうだからやってみよう!」


というマインドを硬直した組織に芽生えさせたことが、
この下駄っぷと、そして前年の早稲田踊りの
大きな功績だったかもしれない。


練習時間は、やっぱり足りなかった。
2007年と同様、そして同じ場所(戸山公園)で
前日夜遅くまでフォーメーションの確認をする。

真剣な表情で振り付けを叩き込む1年生の姿を
一歩距離をおいて見つめてながら


「こいつらの将来創る早稲田祭は、きっと面白いだろうな」


と、ふと思う。

明日下駄っぷが終わって一ヶ月もすれば、
幹事代として最後の早稲田祭本番。そして、引退。

後輩たちと一緒にいれる時間はもう、ない…


「オトキタさーん、最後にもう一度、通しでやりましょう!」


自分を呼ぶ声にゆっくりと立ち上がり、合流する。

先のことなど、終わることなど、
まだ考えるはずもない若い彼らの下駄の音色に、
切ない思考は中断され、消えていった。



−第五夜−

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2004年9月20日 午後

長い長い準備期間をあざ笑うかのように
本番はあっという間に訪れ、そして一瞬で過ぎ去っていく。

この法則に例外はない。

「we! are! Getappers!」

の掛け声。歓声。笑顔。

それなりに人でにぎわった大学構内を、南門通りを、
えんじのはっぴに下駄を履いた集団が踊り舞っていく。

関係も環境も感情も
時間も場所も状況もカンケーなく


ただ、楽しい。


そう思えることがきっと大切で、
何よりかけがえのない瞬間なのだと思う。


夜にはささやかながら、いや実はささやかじゃなかったんだが、
下駄っぷの打ち上げが行われた。

密かに用意されたケーキ、花束、寄せ書き。
プレートに書かれた「愛してる」のチョコ文字。
恭子の涙。はしゃぐメンバー。

古今東西、感動の作法は変わらない。

深夜の戸山公園で我々は大いに飲み、騒いだ。
とそこに、見慣れた制服を来た、公務員の方が登場。


「はい、近所の人から通報がありました。代表者は誰かな?」


国家権力キター


一気に冷める場の雰囲気。
別の意味で泣きそうになるメンバー。

もちろん最年長者として、自ら進み出て
身分証明書を警官に渡す。


警「名前はオトキタシュン…生年月日は1983年9月21日、と。…ん??」
俺「そうなんですよ、ボク、あと1時間くらいで誕生日なんですよ!」
警「へー、そうなんだ(無視)」


この公僕、血も涙もねえ。

恩赦をまったくすることもなく、連絡先を控えて去る警官。
「何かあったら後日連絡するから」とのことだったが、
幸い連絡はなかった。ま、騒いでいただけだし…

その場にいた1年生たちの大半が
実は…であったことは公然の秘密である。

場所をわっしょいに移し、朝まで続く宴。
その過程で俺は21歳の誕生を迎えるが、
その時にはすでに大半のメンバーが潰れていた(死)


初代下駄っぷはこうして、早稲田祭2004に至る過程の中で、
静かにその役目を終えて収束した。

メンバーの中にはこれがきっかけで親友になったもの、
踊りに目覚めて踊り侍に入ったものなど様々いたが、
「下駄っぷ」それ自体はその後意識されることもなく、やがて忘れられていく。

はずだった。


−−−


2006年3月25日 卒業式当日
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=107988142&owner_id=129150

早稲田祭運営スタッフによる追い出しコンパ。
一次会が終わったロータリーで、それはあまりにも不意打ちだった。

突如、はっぴと下駄をつけて集まる、初代下駄っぷメンバー。
2年前になんども練習した、サビの部分の振り付けが眼前で行われる。
差し出されるチョコレートケーキ。


「オトキタさん、卒業おめでとうございます!」
「下駄っぷ、本当にありがとうございました!」
「忘れません!絶対に忘れません!」


不覚にも、涙が出そうになる。
俺は差し出されたたケーキに思い切り、自分の顔を突っ込んだ。

そして目の前にいた氏家の顔面に、思い切りケーキをたたきつける。
照れ屋だった俺の、精一杯の愛情表現。


代表にも役員にもなれなかったけれど。
大きなことは何一つできなかったけれど。

もっとも後輩から愛された先輩だったと
誇りに思えるのは、あなたたちのおかげだったと思います。

この場で今一度、どうもありがとう。



きっかけは、丸顔の少女の衝動で。
早稲田祭に至るまでの、ほんの小さな遊び心。

些細な絆かもしれないけど、きっと俺たちは
下駄の音色でいつだって戻れる。


うだるように熱かったあの日々と
確かにそこにあった、紺碧の空へ。



-エピローグ-


2007年 夏

社会人になって、1年半が過ぎた。

早稲田に引っ越してきた俺は、大隈講堂に、
街に溢れる学生たちに、懐かしい日々を重ねながら
あの頃とはまったく違う毎日を過ごしている。

それなりに日々は楽しいけど、何か物足りない。
熱さが、熱気が、熱量が足りない。

そんな退屈な日々をぶち壊したのは、
やっぱり、丸顔の少女からの連絡だった。


「早稲田祭で、下駄っぷ踊ります!一緒に踊りませんか?!」


(完)
posted by おときたしゅん。 at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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