2011年05月14日

GW被災地支援 -石巻マッドバスターズ後編-

さあ、長くなってきたのでここからはサクサク行くぜ!


【5月5日】


この日は非営利団体「Fly-Panda(ふらいパンダ)」の活動第一弾、
多賀城市(仙台の隣)でのかすてら炊き出しイベントへ。

GW中にできると思っていませんでしたが、
奥田さんの尽力で現地NPO団体にうまく話しが付き、
多賀城高校で行う被災地応援イベントに便乗することができました。

石巻から移動するため、朝4時半に起床。
相変わらず朝は寒い。


《東松島、仙台市荒浜地区》


「下道で仙台まで行けば、東松島とかが見れる。
 あそこも相当ひどい。見ておいた方がいいんじゃないかな」

という奈良さんの提案で、
少しだけ東松島市と、仙台市内でも最大級の津波被害があった
荒浜地区を視察。

東松島。

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道が冠水してしまい、これ以上車では進めない…。

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二ヶ月経った今も、水没した街。
この街の時計の針は、3月11日から止まったままなのでしょう。

仙台市荒浜地区。

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信号機やガソリンスタンド。

普段見慣れたものの変わり果てた姿を見るのは
筆舌に表せないほどのショックです。


事実から目を背けないため、
また被災地への関心を長く持ち続けるため、
たとえ野次馬と言われようとも現場を見ておくべきだと僕も思います。

ただ、必要以上に見るのは本当に精神的に良くないと痛感しました。
僕は南三陸町、石巻、そしてこの2ヶ所を見て、
完全に心の許容量をオーバーしてしまいました。

正直、帰ってきた今でもちょっと精神的にキツイ時があるくらいです。
物見遊山はほどほどにしておくべきだったと反省。


《多賀城高校にて》


気を取り直し、多賀城高校で東京からきたFly-Pandaメンバーと合流。

急な予定だったので車が集まらず、twitterで車を出して下さる方を募集したところ
面識もないのに車の提供を申し出てくれた、トモコ姉さんと初めましてのご挨拶。
他にもお忙しい中、前狭山市議会議員のみうらさんも車を出してくれました。

本当に僕らの活動は、人々の善意で支えられています。
そしてブログやtwitterで培ってきた人脈は無駄ではなかったと実感。


下準備を終えて、イベント開始時刻に。
子どもたちも交えてのかすてらタネ作り。

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こんな作業でも楽しいと言ってくれる子どもに感謝。笑
焼き上がりには1時間半ほどかかるのですが…

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見よ、このかすてら待ちの大行列!!

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焦げ目がつかなくて、ちょっと失敗してしまったけれど…

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子どもたちや、被災地の方々の笑顔が何よりのやり甲斐です。


ちなみにかすてら焼き上がりの待ち時間中、
AKB48を踊って場を盛り上げていたら仲良くなった中学生の女の子が

「ダブってるから、あげる!」

と言って板野の下敷きをくれました(感涙)。
なんか色んな意味で一生の宝物ですコレ。
キモいと言われようとも、部屋に飾り続けるぞ俺は。

てゆーか皆さん、被災地の子どもたちと仲良くなるのは
AKBのダンス覚えるのが一番早いっすよ、マジで。


ちょっとした失敗はもちろん沢山あったけど、
1回目の活動としては

「大 成 功 ☆」

と言えるのではないでしょうか!
非営利団体「Fly-Panda」のHPは、いよいよ近日公開予定!

だけど、ちょっとだけフライングして動画を見せちゃいます。
編集してくれたアキラさん(ほぼプロ)、ありがとうございました!
(てか公開OKですよね?まずかったらご指摘下さい。)



http://www.youtube.com/watch?v=fITy7UiWTGw


仙台市内で牛タンを食し、
銭湯に立ち寄ってから石巻のテントサイトへ帰還。
翌日に備えて泥のように眠る。


【5月6日】


さて、昨日とは打って変わってこの日は
誰の笑顔も見れないジミーな泥かき作業です。

炊き出しが沢山の人に「ありがとう」って言われて
笑顔もいっぱい見れる「光のボランティア」だとすれば、
マッドバスターズはまさに「闇のボランティア」。

誰も住んでいない民家を泥かきする時なんかは、
感謝の言葉すらもらえることがありません。
だから何ってわけではないけど、それがボランティアの現実。


ということでこの日は民家というか
今は誰も住んでいないアパートの1階の泥かき。

が、リーダーのNさんが場所を間違え、小一時間ほど
まったく無関係な民家を清掃するというアクシデントに見舞われる。笑

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この日のヘドロちゃんはちょっとウェッティ。
すくいやすいけど、重くて臭いが厳しいです。

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お隣りでは、重機を操る方々が作業していました。
てっきり公式な行政の方々かと思っていたら、

「いやいや、あれも全部ボランティアの人たちなんだよ」

とリーダーのNさんが教えてくれる。
地元の建設業者が、重機を人員ごとボランティアに提供しているそうな。


結局いま石巻市のこの地区には行政が一切入ってなくて、
交通整理も重機での瓦礫撤去もすべてボランティア。

復興妄想会議とやらが一向に進まず、どの区画を残して
住めるようにするかが決まっていないため、最低限の道やインフラを作ったら
行政の作業はすべてストップしてしまったらしい。

そりゃあ瓦礫の山が一向に減らないハズだよ…。
前途多難とはこのことだ。。


この日は、Nさんの教授で床板剥がしにも挑戦させてもらいました。

「ここに力入れるだろ?んでこうだ!(バコっ!)」

いとも簡単に、1枚10秒程度で床板を剥がしていくNさん。
さっそくオトキタさんもチャレンジ!

「ここに力を入れて、おりゃー!(ベキっ)ああっ?!(ヘドロの海に落下)」

うん、難しいねコレ。。
でも最後の方には少しできるようになったぞ!
床板を剥がす際には、ぜひお申し付け下さいませ(ないと思うけど)。


この日は一軒の家を完了できたので、爽快な達成感。
テントサイトに帰ると、この日からセブンイレブンの移動店舗なるものが出来ていました。

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なるほど、これはコンビニエンス。


夕飯は、ボランティアワッペンを見せると
1000円まで無料にしてくれるという粋なサービスをしている「ココ壱」へ。

町ぐるみ、企業ぐるみでボランティアを支える石巻は本当に素晴らしい。
東京でもココイチを食おう。


この日も自衛隊風呂に行き、明日に備えて早めに就寝。
星が死ぬほど綺麗な夜でした。


【5月7日】


いよいよマッドバスターズも最終日。

「今日の民家は絶対に終わらせたいね」

とみな気合が入る。
しかし、向かった先に大ボスヘドロは待っていた。


この民家の正面には、どでかいパルプ工場が。
津波で溶けて流れてきたパルプが、ヘドロと混じって固まり偉いことに。
床下のみならず庭や裏庭、窓の下にまでヘドロとパルプが積み重なっていました。

こちらのお宅では、土曜日ということもあって
民家の方々も総出で泥かき作業。ボランティア含め15人くらいで、
くっそ重いパルプとヘドロの固まりに立ち向かっていく。


昼休み、おじいちゃんが

「すぐとなりにいたばあさんは水に沈んでしまった。
 手を伸ばして、足も伸ばしたけど届かなかったんだよ…」

と、津波当日のお話しをポツリ、ポツリとしてくれて。
僕らはただ、ただじっと聞くことしかできなかった。


裏庭からは、園芸に使うはさみや工具が沢山出てきて。
民家の方に見せると、

「それは、隣のおばあさんの形見だ…」

と言って、愛おしそうに泥を落として磨いていた。
なんとしてもここだけは今日終わらせると、決意を新たにする。


そして人間、やればできるもので。
絶対終わらない量だと思っていたヘドロどもが

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どかーん。
3、4トンくらいあるんじゃないだろうか…
写真の裏にもまだまだ一杯あります。


「まさか連休中に片付くとは思わなかった。ありがとう!」


という嬉しいお言葉をいただき、
我々マッドバスターズの今回の任務は無事完了。

テントサイトに戻り、丸4日お世話になったテントを撤収。
名残惜しさを全力で感じながら、日が沈む前に石巻市を後にしたのでした。


--


以上が、5日間に渡る僕らのボランティアの記録。
長くなったけれど、感じたことや見てきたことを余すところなく伝えたつもり。

僕らがやってきたことは本当に微力かもしれないけれど、
被災地はまだまだボランティアの支援を必要としています。
「足りている」なんて確実に誤報です。

被災地に行くのは、健康な身体とちょっとした行動力があれば誰にでもできること。
少しでも気になった方は、石巻にがっつり人脈を作ってきたので
ぜひ次回ご一緒しましょう。合わせて、Fly-Pandaの活動も宜しく!

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we are マッドバスターズ!!
posted by おときたしゅん。 at 04:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月12日

GW被災地支援 -石巻マッドバスターズ前編-

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「うわー真っ黒!南国でも行ってきたの??」

土方焼けは男の勲章。
どうも、オトキタです。


お知らせの通りGWは十日間、東北に滞在しておりました。
そしてその後半は移動日含めてあしかけ5日間、宮城県石巻市で
ボランティア活動に従事して参りました。


見てきたこと、やってきたこと、感じたこと、考えたこと。
あまりにも大きくて、あまりにも複雑で、あまりにも衝撃的で。


気持ちの整理がまだできていない部分もありますが、
被災地支援に向かいたい方への参考になればと思い、
備忘録をアップさせていただきます。


まー色々と重たい話しもあったんですが、
暗くなってもしょうがない!ってことで、前編の今日は
くだけた日記調でお送り致します。

写真満載、長くなりますが、興味のある方はどーぞ。


--


【活動場所の決定 –宮城県石巻市へ-】


連休前、どこのボランティア情報を見ても

「連休中は募集停止」
「県外からの受け入れは行っておりません」

とのこと…。

しかし、必ずニーズはどこかにあるはず!
この広域災害で、人手が「足りている」わけがない!


そう考え、当初は人が少なそうな(東京からアクセスの悪い)
岩手県北部の被災地に支援活動へと飛び込むつもりでした。
しかしながら、先発隊で被災地に入っていた奈良さん、平くんから

「石巻、いくらでもやることがあるぞ。
 テントサイトも駐車場も余裕。とにかく来るべし!」

との情報。
正直、石巻市に対しては


「テレビでも報道されている、いわゆる『メジャー』な被災地」
「アクセスも良いし、さすがにここはボランティアも『足りてる』んじゃないの?」


といった認識でした。
なので、奈良さんたちの情報にも半信半疑。

それが木っ端微塵に壊されることになるとは、
このときの自分は思いもしなかったのでした。


【5月3日】


《仙台市内の様子》


5月3日、東北観光弾丸ツアーのメンバーと仙台で別れ、
東京から俺の車を持ってくる大学同期の倉石、
そしてその小学校時代の同級生の原くんと合流。

壮絶な渋滞に巻き込まれている東京組を待つ間、
仙台市内の商店街や百貨店を散策。


仙台市内は、一見すると本当にいつも通りの光景でした。(普段をあんま知らんけど)
百貨店内なんか、節電をしている都内のお店より明るいくらい。

ただ、目抜き通り沿いの建物にも、
崩れて立ち入り禁止になっている建物がチラホラ…

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合流後、仙台の先輩の家に立ち寄りお話しを聞いたのですが、
2階が傾いていたり、ドアに隙間ができていたり。
震災の傷跡はまだまだ残っている模様。

差し入れを色々ともらい、奈良さんたちが待つ
石巻専修大学のキャンパス(ボランティアの拠点)へ。
明るいうちに着きたかったが、日もすっかり落ちた夜にキャンパスに到着。


《石巻テントサイトにて -マッドバスターズ誕生-》


テントサイトや駐車スペースの混雑を直前まで心配していたが、
テントや車の数は多いものの、まだまだ余裕がある。
合流した奈良さんから色々と現地の話しを聞き明日からの行動計画を練る。


「マッドバスターズ(泥かき部隊)の活動がマジで熱い」
「ここまできて泥かきをしないのは漢ではない」
「泥かきをしよう、なっ!」「や ら な い か」


など、断ったらその瞬間に掘られそうな勢いだったので、
泣く泣く翌日からマッドバスターズに入隊することを決意。

ヘドロ達との闘いが、幕を開ける。


【5月4日】


《テントサイト・ボラセンの様子》


宮城の朝は寒い。
テントの中で、寝袋に入っていても寒さで何度も目が覚める。
6時には起床。

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明るいところで見るテント村。
不謹慎だが、夏フェスのテントサイトのようで少し楽しい。

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ボランティア用に朝食を炊き出してくれるテントも。


朝8時半、ボランティアセンター(通称ボラセン)の受付開始時刻。
散々「ボランティア受け入れ停止」をうたっていた割に、
新規受付も普通にやっていた。

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後でわかった話しだが、テントサイトの許容量を超えると踏んで
受け入れ停止を表明したところ、想像以上にボランティアが減ってしまい、
むしろ連休前よりボランティアの人数が減ってしまった日もあったのだとか。

確かにこの辺りがお金を払って契約するビジネスと違い、
善意で来る人の人数は調節できないので難しいところだが、
それにしてもHPではリアルタイムで状況などを更新できないものだろうか…


ボラセンで受付を済ませてワッペンと保険証をもらい、
奈良さんが予め人脈を作っていたNPO「アモール」の活動に合流。

この団体は主に浸水してしまったお宅の泥かき、泥だしを
担当している団体で、仕事内容が比較的単純なことから
「ニーズ表」を渡されて、それぞれが担当の民家に向かう形式。


「君たち、(車で)自走できる??」
「ハイ!」
「じゃあ、5人1組になってこの地図のお宅に行ってきて」

「あの、車はどこに停めたらいいでしょう?」
「…この辺りにあるコンビニにこっそり停めさせてもらって」
「…なるほど。」


ボランティアの人数がたくさん来ても、それを運ぶ車、
車を停めておくスペースが足りないことを早くも痛感。


《大街道地区の民家へ》


指定された「大街道」という地域に向かうと、
そこには凄惨な光景が広がっていました。


石巻市の比較的内陸部は道路が凸凹なのを除けば
比較的普通の光景で、商店なども営業を再開していましたが、
やはりここでも道路一本、数十mが明暗をくっきり分けていました。

大街道地区に入った瞬間、潮と腐臭が混じった鼻につく刺激臭。
どこを見渡しても目に入るひしゃげた車、瓦礫の山々。
そんな中、被害のなかった二階部分で暮らす民家の人々。

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まず思った最初の感想は、

「二ヶ月経った今でも、こんな状態なのか?!」

でした。
4月上旬に南三陸町を見ていましたから、
完全に津波を被った街は壊滅していることはわかっていました。

しかし、2メートルほどの津波が襲ってきた地域でも、
ここまで復旧が進んでいないとは…。早くも陰鬱な気分になりながら、
今日担当する民家へと到着。


仕事内容は至って簡単。
床を剥がしてくれる別働隊がいるので、
剥がしてくれた部分から床下に溜まった「ヘドロ」を掻き出すこと!

波が引いたあと残った大量のヘドロ。
これをそのまま夏場まで放置しておくとどんどん腐敗が進み、
形が残った家にも住めなくなってしまう。なので、これが時間との闘いなのです。

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ちょっと見にくいけれど、色が変わっているところまでが
津波に浸水していた部分。このお宅自体が少し高いところになったので、
この地域は約2メートルほどの津波が押し寄せてきたようです。

そしてその津波が完全に引いていったのは、なんと3日後。
そりゃあ家の中も床下もぐちゃぐちゃになるのは道理です…。

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床下に5センチ以上も積もった、
重くて臭いのキツいヘドロを無心に書きだしていく。

「うおおお!被災地のために頑張る俺は格好いい!
 見よ必殺、スコップファイナルバスタァァァァ!!」


-6時間後-


心と腰がへし折れる。

何が大変って、慣れない作業や重たい土嚢もそうだけど、
夜あれだけ寒かったのに体中びっしょりになるほどの暑さ!
こりゃあ真夏に作業したら、本気で死人が出るんじゃないかと思う。


一緒に作業していたのは、長野県から来たという
おそらく60歳以上でリタイア済みのおじさま方。
大工道具を使いこなし、軽々と床板を剥がしていく。

普段から大工でもしているのかと思って尋ねてみると、

「いやいや、単なる山岳仲間の集まりだよ」
「田舎に住んでるおっさんは、何でも出来るんだよ」
「都会もんは、床板の一枚も剥がせないなんて大変だなぁ!」

いやいや、普通床板は剥がせませんて。
しかし、こういう時に技術があるのは心底羨ましいなぁと思う。
もっと被災地の役に立ちたいものね。


大体朝9時から始まり、4時頃に作業を終了して
スコップなどの道具を清掃、片付けて撤収。
作業のハードさを考えると、実働6時間がやはり限界だと思う。

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この日書きだしたヘドロの量。
おつかれさまでした。


《日和山公園へ》


テントサイトへの帰り道、
平くんの案内で

「高台にある公園で、石巻市内が眼下に見渡せる。
 こういう言い方もなんだけど、ちょっとした観光スポットになっている。
 色々な考えはあるけど、やっぱり見ておくべきであると思う」

と言われた日和山公園に立ち寄ってみる。

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復興の気配すら見せない沿岸部。
おそらく、政府の施策で当分住むことはできなくなる。
それでも直視できる光景が戻るまで、あとどれくらいかかるだろう。

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二ヶ月経っても水位が下がらず、
本来陸地であった部分も浸水している。


5人がかりで、一軒の民家の泥かきすら完了できなかった
我々個人の力は、こんな光景を前に圧倒的に無力。
ただただ、無力だった。


《自衛隊風呂入浴体験》


心身ともにヘトヘトになってテント村に帰ってくると、
那須塩原温泉からきたボランティア団体が
うどんとそばの炊き出しをやっていました。

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ありがとう那須塩原市。
今度のアサシンズ(温泉)ツアーはここにするよ!

お腹を満たした後は、奈良さんの案内で
ボランティアも利用できる自衛隊による入浴支援
通称「自衛隊風呂」へ。テントサイトから車でおよそ10分程度。

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松戸基地の部隊が運営しているから
「松戸の湯」と言うそうです。こんな迷彩柄ののぼりまで作るなんて
自衛隊もなかなかお茶目ですね!でもやっぱりピンクとかじゃダメなんだろうな。

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自衛隊風呂のテントの中はかなり大きくて、
待合所、脱衣所、入浴場の三つで構成されていました。
入り口で番号札を渡され、中が空くと番号が呼ばれます。


中の様子は当然写真には撮れなかったのだけど、なかなか面白い。
真ん中にでっかいビニール(?)の浴槽があって、
その周りに椅子を並べてみんな桶でお湯をすくって身体や髪を洗う。

んで身体を洗い終わると、その浴槽の中に入ってあったまるという、
かけ湯と入浴湯が一緒になった実に合理的(?)なシステムです。

「他人が入ったお湯で頭を洗うなんて!不浄!野蛮!」

なんて人には向かないお風呂ですが、
そんな人間はボランティアに来ないし被災地にもおらんわな。


脱衣所にも入浴場の中にもガチムチの自衛隊員がおり、
困っている人がいるとすぐに駆けつける実にホスピタリティ溢れる入浴支援。
出口では冷たいお水とお菓子までもらえちゃいます。

出入口の隊員に厚くお礼を行って帰還。


日が落ちると寒くなる石巻市では、
テントに引きこもる以外さりとてやることもない。
日中、一緒にマッドバスターズをやった阿部ちゃん(♀)を交えて談笑。


「東京から女の子一人できたの?!凄くない?」
「テントとか野外生活とか、怖くないの??」
「えー、でもアフリカで半年くらいサバイバル生活してましたから(しれっ)」


うーん、ボランティアに一人でくる女性は逞しいですねえ…。

テント村の消灯時間は23時。
慣れない作業で力尽き、自衛隊風呂で温まった我々は
消灯と同時に驚くほどの速さで眠りに落ちたのでした。


--


さあ、前半の日記でこの長さ!
まだカステラもボスヘドロも出てきてない!

ってことで、次回に続く(のか?)。
posted by おときたしゅん。 at 01:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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