とある人類学者だか風俗学者さんの、
「衣類はもともと、防寒や怪我の防止などの実利的な目的ではなく、
他者から自分を分節・識別するために用いられ始めた可能性が高い」
という説を読んで、
単純なことだけど目からウロコが落ちた。
なるほど。
「なんでスーツやらネクタイしなくちゃいけねーんだよぉぉい!!」
と思いつつも、仕事をするときに
スーツとタイをしていた方が実際身が引き締まるわけで。
たぶん効率も本当に上がっているわけで。
そういうのが「副次的効果」ではなくて、
「そもそもそっちがメイン」だと考えると
色んなことに合点がいきます。
「最近の若者は、見た目にばっか気を使いおって、けしからん!」
というのはむしろ真逆で、
ファッションというのは人類最古の(おそらく言語以前の)
自己主張方法だったわけですね。
長老がヒゲ生やしてボロをまとっていたり、
まじない師が冠して杖ついているのも、
その「呪術的効果」を期待してのことだし。
ヤンキーが短ランボンタン(懐っ!)なのも
「俺はそういう人間なんだよ斜に構えて生きてんだ危険人物だぜ。
目合わせたら殴っちゃうよ?道あけろコラ」
というのが見た目で一発でわかるように
彼らなりに配慮して下さっているわけだ。
ファッションが「無意識の意識的自己主張」だとすると(わかりにくいな…)、
他人の、いやまずは自分のファッションから色々なことが分析できます。
例えばオトキタの場合、営業なんでスーツは渋々着てますが、
社内では基本的にノータイ(上司がタイをしていようとも!)。
外に行くときもよっぽど重役と会う時以外はノータイです。
タイをする場面でもビジネスには不向きと言われる「ロータイ」着用だし、
今どきの若者にはあんま流行らないカフスボタンも必着です。
これは業務ファッションに非常に保守的な
百貨店業界を相手にするに当たって、
「俺にはいままでの慣習なんて関係ないぜ!革命児だゼ!」
という意思表示をしているとも捉えられますし(?)、
いままでのところこのブランディングは成功して
「あいつのやることは、自由で斬新でまあいいんじゃないすか」
と認められているように思えます。
これはもちろん見た目が
相手に及ぼす効果だけでなく、自分自身に対して
「こういう格好で仕事をする以上、
それなりの行動をして結果も出さなければ!」
という意識が働くことも見逃せません。
むしろこっちの方が大きいんじゃないかな。
つまり、ファッションを選択するとは
「自分はこういう人間である」
という意思表示であるとともに、
「こういう人間になっていく!」
という意識付けを
自分自身に対して行うことでもあるわけですね。
だから、人の見た目の印象ってのはあまり外れない。
例外があるから目立つだけで、
ガラの悪い人はたいてい本当にガラが悪いし(逃げろ!)、
チャラい格好している人はやっぱりだいたいチャラいです。(でしょ?)
というわけで僕は、
冒頭の人類学者の説を支持するのであーる。
見た目とファッションってのは本当に大事ですよ。
なので諸君、もっと化粧品とか洋服とかバッグとか、
自分を着飾るものをたくさん買った方がいいんじゃないかな!
そうしないと僕が死にます。(業界ごと)(不況まじやべぇっす)
2009年06月02日
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