2011年05月12日

GW被災地支援 -石巻マッドバスターズ前編-

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「うわー真っ黒!南国でも行ってきたの??」

土方焼けは男の勲章。
どうも、オトキタです。


お知らせの通りGWは十日間、東北に滞在しておりました。
そしてその後半は移動日含めてあしかけ5日間、宮城県石巻市で
ボランティア活動に従事して参りました。


見てきたこと、やってきたこと、感じたこと、考えたこと。
あまりにも大きくて、あまりにも複雑で、あまりにも衝撃的で。


気持ちの整理がまだできていない部分もありますが、
被災地支援に向かいたい方への参考になればと思い、
備忘録をアップさせていただきます。


まー色々と重たい話しもあったんですが、
暗くなってもしょうがない!ってことで、前編の今日は
くだけた日記調でお送り致します。

写真満載、長くなりますが、興味のある方はどーぞ。


--


【活動場所の決定 –宮城県石巻市へ-】


連休前、どこのボランティア情報を見ても

「連休中は募集停止」
「県外からの受け入れは行っておりません」

とのこと…。

しかし、必ずニーズはどこかにあるはず!
この広域災害で、人手が「足りている」わけがない!


そう考え、当初は人が少なそうな(東京からアクセスの悪い)
岩手県北部の被災地に支援活動へと飛び込むつもりでした。
しかしながら、先発隊で被災地に入っていた奈良さん、平くんから

「石巻、いくらでもやることがあるぞ。
 テントサイトも駐車場も余裕。とにかく来るべし!」

との情報。
正直、石巻市に対しては


「テレビでも報道されている、いわゆる『メジャー』な被災地」
「アクセスも良いし、さすがにここはボランティアも『足りてる』んじゃないの?」


といった認識でした。
なので、奈良さんたちの情報にも半信半疑。

それが木っ端微塵に壊されることになるとは、
このときの自分は思いもしなかったのでした。


【5月3日】


《仙台市内の様子》


5月3日、東北観光弾丸ツアーのメンバーと仙台で別れ、
東京から俺の車を持ってくる大学同期の倉石、
そしてその小学校時代の同級生の原くんと合流。

壮絶な渋滞に巻き込まれている東京組を待つ間、
仙台市内の商店街や百貨店を散策。


仙台市内は、一見すると本当にいつも通りの光景でした。(普段をあんま知らんけど)
百貨店内なんか、節電をしている都内のお店より明るいくらい。

ただ、目抜き通り沿いの建物にも、
崩れて立ち入り禁止になっている建物がチラホラ…

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合流後、仙台の先輩の家に立ち寄りお話しを聞いたのですが、
2階が傾いていたり、ドアに隙間ができていたり。
震災の傷跡はまだまだ残っている模様。

差し入れを色々ともらい、奈良さんたちが待つ
石巻専修大学のキャンパス(ボランティアの拠点)へ。
明るいうちに着きたかったが、日もすっかり落ちた夜にキャンパスに到着。


《石巻テントサイトにて -マッドバスターズ誕生-》


テントサイトや駐車スペースの混雑を直前まで心配していたが、
テントや車の数は多いものの、まだまだ余裕がある。
合流した奈良さんから色々と現地の話しを聞き明日からの行動計画を練る。


「マッドバスターズ(泥かき部隊)の活動がマジで熱い」
「ここまできて泥かきをしないのは漢ではない」
「泥かきをしよう、なっ!」「や ら な い か」


など、断ったらその瞬間に掘られそうな勢いだったので、
泣く泣く翌日からマッドバスターズに入隊することを決意。

ヘドロ達との闘いが、幕を開ける。


【5月4日】


《テントサイト・ボラセンの様子》


宮城の朝は寒い。
テントの中で、寝袋に入っていても寒さで何度も目が覚める。
6時には起床。

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明るいところで見るテント村。
不謹慎だが、夏フェスのテントサイトのようで少し楽しい。

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ボランティア用に朝食を炊き出してくれるテントも。


朝8時半、ボランティアセンター(通称ボラセン)の受付開始時刻。
散々「ボランティア受け入れ停止」をうたっていた割に、
新規受付も普通にやっていた。

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後でわかった話しだが、テントサイトの許容量を超えると踏んで
受け入れ停止を表明したところ、想像以上にボランティアが減ってしまい、
むしろ連休前よりボランティアの人数が減ってしまった日もあったのだとか。

確かにこの辺りがお金を払って契約するビジネスと違い、
善意で来る人の人数は調節できないので難しいところだが、
それにしてもHPではリアルタイムで状況などを更新できないものだろうか…


ボラセンで受付を済ませてワッペンと保険証をもらい、
奈良さんが予め人脈を作っていたNPO「アモール」の活動に合流。

この団体は主に浸水してしまったお宅の泥かき、泥だしを
担当している団体で、仕事内容が比較的単純なことから
「ニーズ表」を渡されて、それぞれが担当の民家に向かう形式。


「君たち、(車で)自走できる??」
「ハイ!」
「じゃあ、5人1組になってこの地図のお宅に行ってきて」

「あの、車はどこに停めたらいいでしょう?」
「…この辺りにあるコンビニにこっそり停めさせてもらって」
「…なるほど。」


ボランティアの人数がたくさん来ても、それを運ぶ車、
車を停めておくスペースが足りないことを早くも痛感。


《大街道地区の民家へ》


指定された「大街道」という地域に向かうと、
そこには凄惨な光景が広がっていました。


石巻市の比較的内陸部は道路が凸凹なのを除けば
比較的普通の光景で、商店なども営業を再開していましたが、
やはりここでも道路一本、数十mが明暗をくっきり分けていました。

大街道地区に入った瞬間、潮と腐臭が混じった鼻につく刺激臭。
どこを見渡しても目に入るひしゃげた車、瓦礫の山々。
そんな中、被害のなかった二階部分で暮らす民家の人々。

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まず思った最初の感想は、

「二ヶ月経った今でも、こんな状態なのか?!」

でした。
4月上旬に南三陸町を見ていましたから、
完全に津波を被った街は壊滅していることはわかっていました。

しかし、2メートルほどの津波が襲ってきた地域でも、
ここまで復旧が進んでいないとは…。早くも陰鬱な気分になりながら、
今日担当する民家へと到着。


仕事内容は至って簡単。
床を剥がしてくれる別働隊がいるので、
剥がしてくれた部分から床下に溜まった「ヘドロ」を掻き出すこと!

波が引いたあと残った大量のヘドロ。
これをそのまま夏場まで放置しておくとどんどん腐敗が進み、
形が残った家にも住めなくなってしまう。なので、これが時間との闘いなのです。

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ちょっと見にくいけれど、色が変わっているところまでが
津波に浸水していた部分。このお宅自体が少し高いところになったので、
この地域は約2メートルほどの津波が押し寄せてきたようです。

そしてその津波が完全に引いていったのは、なんと3日後。
そりゃあ家の中も床下もぐちゃぐちゃになるのは道理です…。

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床下に5センチ以上も積もった、
重くて臭いのキツいヘドロを無心に書きだしていく。

「うおおお!被災地のために頑張る俺は格好いい!
 見よ必殺、スコップファイナルバスタァァァァ!!」


-6時間後-


心と腰がへし折れる。

何が大変って、慣れない作業や重たい土嚢もそうだけど、
夜あれだけ寒かったのに体中びっしょりになるほどの暑さ!
こりゃあ真夏に作業したら、本気で死人が出るんじゃないかと思う。


一緒に作業していたのは、長野県から来たという
おそらく60歳以上でリタイア済みのおじさま方。
大工道具を使いこなし、軽々と床板を剥がしていく。

普段から大工でもしているのかと思って尋ねてみると、

「いやいや、単なる山岳仲間の集まりだよ」
「田舎に住んでるおっさんは、何でも出来るんだよ」
「都会もんは、床板の一枚も剥がせないなんて大変だなぁ!」

いやいや、普通床板は剥がせませんて。
しかし、こういう時に技術があるのは心底羨ましいなぁと思う。
もっと被災地の役に立ちたいものね。


大体朝9時から始まり、4時頃に作業を終了して
スコップなどの道具を清掃、片付けて撤収。
作業のハードさを考えると、実働6時間がやはり限界だと思う。

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この日書きだしたヘドロの量。
おつかれさまでした。


《日和山公園へ》


テントサイトへの帰り道、
平くんの案内で

「高台にある公園で、石巻市内が眼下に見渡せる。
 こういう言い方もなんだけど、ちょっとした観光スポットになっている。
 色々な考えはあるけど、やっぱり見ておくべきであると思う」

と言われた日和山公園に立ち寄ってみる。

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復興の気配すら見せない沿岸部。
おそらく、政府の施策で当分住むことはできなくなる。
それでも直視できる光景が戻るまで、あとどれくらいかかるだろう。

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二ヶ月経っても水位が下がらず、
本来陸地であった部分も浸水している。


5人がかりで、一軒の民家の泥かきすら完了できなかった
我々個人の力は、こんな光景を前に圧倒的に無力。
ただただ、無力だった。


《自衛隊風呂入浴体験》


心身ともにヘトヘトになってテント村に帰ってくると、
那須塩原温泉からきたボランティア団体が
うどんとそばの炊き出しをやっていました。

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ありがとう那須塩原市。
今度のアサシンズ(温泉)ツアーはここにするよ!

お腹を満たした後は、奈良さんの案内で
ボランティアも利用できる自衛隊による入浴支援
通称「自衛隊風呂」へ。テントサイトから車でおよそ10分程度。

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松戸基地の部隊が運営しているから
「松戸の湯」と言うそうです。こんな迷彩柄ののぼりまで作るなんて
自衛隊もなかなかお茶目ですね!でもやっぱりピンクとかじゃダメなんだろうな。

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自衛隊風呂のテントの中はかなり大きくて、
待合所、脱衣所、入浴場の三つで構成されていました。
入り口で番号札を渡され、中が空くと番号が呼ばれます。


中の様子は当然写真には撮れなかったのだけど、なかなか面白い。
真ん中にでっかいビニール(?)の浴槽があって、
その周りに椅子を並べてみんな桶でお湯をすくって身体や髪を洗う。

んで身体を洗い終わると、その浴槽の中に入ってあったまるという、
かけ湯と入浴湯が一緒になった実に合理的(?)なシステムです。

「他人が入ったお湯で頭を洗うなんて!不浄!野蛮!」

なんて人には向かないお風呂ですが、
そんな人間はボランティアに来ないし被災地にもおらんわな。


脱衣所にも入浴場の中にもガチムチの自衛隊員がおり、
困っている人がいるとすぐに駆けつける実にホスピタリティ溢れる入浴支援。
出口では冷たいお水とお菓子までもらえちゃいます。

出入口の隊員に厚くお礼を行って帰還。


日が落ちると寒くなる石巻市では、
テントに引きこもる以外さりとてやることもない。
日中、一緒にマッドバスターズをやった阿部ちゃん(♀)を交えて談笑。


「東京から女の子一人できたの?!凄くない?」
「テントとか野外生活とか、怖くないの??」
「えー、でもアフリカで半年くらいサバイバル生活してましたから(しれっ)」


うーん、ボランティアに一人でくる女性は逞しいですねえ…。

テント村の消灯時間は23時。
慣れない作業で力尽き、自衛隊風呂で温まった我々は
消灯と同時に驚くほどの速さで眠りに落ちたのでした。


--


さあ、前半の日記でこの長さ!
まだカステラもボスヘドロも出てきてない!

ってことで、次回に続く(のか?)。


posted by おときたしゅん。 at 01:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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