2013年06月23日

公式ホームページへの移行について

読者の皆さま

このブログは東京都議会議員おときた駿が
学生時代から8年間つけていたブログです。

立場や思想信条が変わったことを踏まえて、
公式ブログに発信を一本化致しました。
http://otokitashun.com/blog/

今後とも宜しくお願いいたします。。
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2012年08月04日

【ふらいパンダ】真夏の遠野日誌、とイベント告知【政治】

甘いものが嫌い。
子どもは苦手。

それでも、東北の子どもたちに
巨大カステラを作って笑顔を届けるプロジェクト、

非営利団体ふらいパンダ
http://fly-panda.org/

の副代表なアタクシです。
かすてらって、大根おろしのせて醤油かけて食うアレですよね?


さて、最近いそがしくてなかなか東北に行けなかったのですが、
久しぶりに先週末はふらいパンダの遠征に参加しました。
土曜日の晩から0泊2日で、東北拠点である岩手県遠野市へGO!

今回は、大槌など岩手県内の被災地から避難してきて
今もなお仮設住宅で暮らす地域の子どもたちが対象です。


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夏休みの目玉(?)イベントということで、
午前中からたくさんの小さなお友達が集まりました!
いやぁ微笑ましいね。ウンウン。ではみんな頑張って!


「オトキタさん、今日は担当が『子ども対応』なので、
 お子さんたちと一緒に生地つくりをして下さいね!」


…なんですと?

生粋の子ども嫌いゆえ、いつもはイベント統括や渉外担当など
子どもたちと極力触れ合わないところで活躍してきたアタクシ。

いいだろう!
実は本気を出せば子どもたちともじゃれあえて、
和気あいあいとカステラ作りができるってところを見せてやんよー!

カモン、3歳〜6歳の幼い子どもたちっ!!


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おい子どもたちどこいった。


…違う、違うだろう!
カステラの生地つくりはなんかこう、
もっとリア充っぽてく楽しそうなアレのはずだー!

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こういうのだよ!

和気あいあい、助け合い、楽しみながら完成に近づいていく。
年齢や立場を超えて、一つのものに向かい合っていく。
その中で生まれる友情、絆、そして美味しいカステラ生地。

さあ子どもたちよ、僕にもう一度チャンスを与えておくれ!
カモン、リア充な光景よっ!!


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もう、いいです。


いや言い訳するとですね、小学生とかならまだ相手できるんですが、
入学前の多感なお子さんを単純作業に従事させるって難しいんすよ。。

とはいえ、長いふらいパンダの活動の中でも
テーブルから子どもがいなくなって完全ぼっちになるという光景は
史上初めてということで、マジで使えないっぷりを露呈した1日となりました!


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ちなみにカステラは無事完成。
炎天下の中で炭火焼は大変だったけど、
おかげ様でこんがりと美味しく焼きあがりました!

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子どもたちの忘れられない想い出になるとイイネっ!

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遠野の子どもたちはみんなこんがりと日焼けしていて、
短い東北の夏を満喫しているように思えました。

彼らが健やかに成長していける社会が残せるように、
われわれ大人たちは夏休み返上で頑張っていかなければなりませんね!
と、気持ちを新たにした7月最後の週末なのでした。


あとなんか悔しいので、
最後に一応ちゃんと活躍してた時の一枚。

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子どもって可愛いよねぇ(遠い目)


--


そんなところで、ちょっとイベント告知をば。

※こちらは完全にオトキタ個人の活動であって、
 ふらいパンダとはいかなる思想的・政治的関係もありません。

僭越ながら、9月2日(日)に行われる下記イベントの
実行委員長(運営責任者)を務めることに相成りました。




「みんなの党タウンミーティング in 世田谷」
−我々の目指す世の中とは、日本の未来像とは−

【日にち】9/2(日)

【時間】18:15〜20:00(開場17:45)

【場所】北沢タウンホール(世田谷区北沢2-8-18)

【ゲスト弁士】渡辺喜美(みんなの党代表)

【弁士】落合貴之(みんなの党衆議院東京6区支部長)
     田中優子(世田谷区議)
     すえおか雅之(世田谷区議)
     桃野よしふみ(世田谷区議) 他
【会費】300円(会場代、資料代など)
【お申込はコチラ】(↓クリックをし、入力の上、送信ボタンを押してください。)
http://www.ochiaitakayuki.com/20120902application

【お問合わせ】
落合貴之事務所
TEL/FAX : 03-6325-5542
E-mail : mail@ochiaitakayuki.com




普段なかなか政治に触れ合う機会もないし、
何かきっかけがなければそのままずっと過ごしていく人が
世の中の大半だと思います。

別にさしたる興味がなくてもかまいません。

「オトキタがなんかイベントやるらしいから、見に行ってやるか」

そんな気持ちでご来場いただければ幸いです。

イベントがイベントだけに、これまでの企画でやってきたような
楽しい演出や仕掛けはあまりありませんけれど(苦笑)、
皆さまに損はさせない内容を提供したいと思っています!


さらなる詳細は、僕がお手伝いしている
落合貴之さんのHPもぜひチェックして下さいませ。

http://www.ochiaitakayuki.com/news/entry823.html


ふらいパンダに政治に遊びに、
残り少ない20代の夏を駆け抜けていくぜ!

あ、婚活…
posted by おときたしゅん。 at 15:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月09日

初挑戦!館山わかしおトライアスロン始末

織姫と彦星なるリア充どもが、
天空で乳繰り合ってるその裏番組で…


やってきましたよ、前々から宣言したトライアスロン!
興奮冷めやらないうちに、記録と記憶を文面に残しておこうと思います。

「トライアスロンってどんなもんよ?」
「ちょっと興味があって、挑戦してみたいかも…」

という人にもご参考になればと思います。
長文になりますが、興味のある方はお進みくだしあー。


--


今回オトキタさんが参加した大会は、

館山わかしおトライアスロン
http://tate-tra.com/

大会に関する知識など無論何一つなく、
とりあえずトライアスロンのレース出たいなーと思って探していたら
一番エントリーが近々だったとかそんな理由で決めた大会だったのですが。←

エントリーから3日ほどで締切になる人気大会だったようです。
自衛隊の基地内を走れることや、綺麗な海と風光明媚な景色が人気の理由。


特に申し合わせをしたわけではなかったものの、
大学の後輩いまい君が偶然一緒の大会に出ることがわかり、
道中やホテルなどを呉越同舟することに。

ちなみに館山は千葉の先の方ですが、
当然大会に参加するためには車で自転車を運ばねばならないし、
前日入りしての競技説明会参加が義務になっているなど、

とにかくトライアスロンは出るまでに手間とお金がかかります…。


【スタート前】


朝7時前。
大会会場に屈強な猛者たちが続々と集結。

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ああ、帰りたい(偽らざる心境)。


あのですねー、あのですねー。
トライアスロンの大会って、すんげーガチなんですよ。

マラソン大会にありがちなコスプレとか、
明らかに記念参加ですよね?的な体型のおっちゃんとか皆無。
みんなしょぼそうに見えても、脱ぐといい身体してる連中ばっかなの。


そんな人たちが真剣にアップしているわけですから、
嫌が上にも高まる緊張感。バイクも高そうなのばかりだし…。
会場に流れる

「パイレーツ オブ カリビアン」

の音楽がさらに不安を煽ってくる。
そうは言っても、スタート準備まではまだ気持ちに余裕があった。

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スタート前に記念撮影。
ああ、でも帰りたry


【スイム1.5km】


自分たちのスタート時間が近づき、
いよいよ浜辺に選手が大集合。

ちなみにこんな感じになります。

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うわぁ…。

こんな連中がスタートの合図とともに一斉に海に向かって走り、
押し合いへし合いしながら泳いでいくわけです。


「笑えないくらいフルボッコにされる」
「あれはまさに合法的なリンチ」
「ほぼ100%心が折れる」


という下馬評を聞いていたので、
経験者の後輩2名のアドバイスに従い、共に後方の端からスタート。
…するつもりだったのですが。


「皆があれほど言うケイオス状態を経験せずに、
 トライアスロンに挑戦したと言えるのか?」
「むしろボコられた方が、ネタとして面白いのではないか?」


という悪い癖が出て、中央前方にそそくさと移動。
絶望の宴は、ここから始まった。


スタート、ダッシュ、着水、スイム!


…何コレ?


右からは肩タックル、左に寄れば頭突き、
そして正面からは、太い足から繰り出されるかかと蹴りの嵐!

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「森崎くんふっとんだー!」

とか愉快な空想ができていたのは最初の2分くらいで、
ゴーグルがぶっとんで外れ、また海水をがぶ飲みしてしまったこともあり
ここで俺は完全なパニック状態に陥った。


何より、周りの人たちがすごい勢いで抜かしていくので、
鬼気迫る感じが本当に怖い。まだ全く疲れるような距離じゃないのに、
呼吸が荒く苦しくなってくる。

なんか、初めて戦場に出たソルジャーが
パニくって実力の1%も出せずに死んじゃうってこんな感じかも…。

本気で死の危険を感じたので、禁断の平泳ぎをあっさり解禁(早っ)。
「落ち着け、落ち着け!」と言い聞かせながら、まずは呼吸を整える。
クロールして、平泳ぎしての繰り返し。


そうこうジタジタしているうちに最初のコーナーが見えてきて、
「あ、もう300メートル進んだんだ!」と思ったところで
ようやく気分が落ち着いてペースを取り戻す。

なお、海のコースは三角形になっていて、それぞれの辺が
300メートル×150メートル×300メートルになっている仕様。
んで1度陸上に上がり、走ってコーナーを回って再び同じコースを泳ぐ。

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こんな感じ。
(大会公式HPより拝借)。

「なんだ、一度陸に上がれるんだ。なら一息つけるね!」

と思う方も多いかと思うのですが、
一度陸に上がって再び海に戻っていかねばならないあの絶望感は
デリバリーで全国の皆さまに届けて差し上げたい。


鉛のように重い身体を引きずって、残りの750メートルへとダイブ。
掻いても掻いても、一向に近づいてこない沖のブイ。
地獄というものがあれば、それはきっとここなのでしょう。。

人と押し合いへし合いするのもつらいし、
周りに人がいなくなればそれはそれで不安になるという、
本当にメンタルタフネスが問われる競技で…。


ほうぼうのていで陸地に上がってきて電光掲示板を見ると、
タイムはまだ33分!想定よりかなり早いっ!
(プールで40分だったので、45分以内くらいが目標だった)

いやいや、あたい頑張った。
もう思い残すことはない…胸を張ってゴールテープを切ろう!


〜トライアスロン挑戦記・完〜


【トランジションその1】


わけがない。死にたい。

ここからバイクにうつるのですが、この間に
着替えなどの準備を行うことを「トランジション」と言います。
当然、タイムに含まれるので如何に迅速に行けるかが勝負。

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まあー焦る焦る。笑
スイムスーツとか、まずスムーズに脱げない。

ゆえにトランジションエリアでは、様々なドラマや珍事件が発生します。
僕は

「(自転車で被る)メットがねえ!メットがねえ!」

と大騒ぎして周囲を探しまわる隣の選手に
荷物を鷲掴みにされてふっとばされました。
(あとですごい謝ってくれました)


若干気持ちに余裕のあったオトキタさんは、
水で足を洗い日焼け止めを顔に塗る(※)余裕を見せた。

しかし、ここでもう1分をケチったことが後に悲劇を生む。


【バイク 40km】


はい、落第点のバイクです。
これは本当にダメダメで、精神的につらかった…。

ほとんど抜かされっぱなしで、多分、
バイクのタイムだけだったらかなり最下位に近いんじゃないかなぁ。
もう準備不足と、バイクを甘く見ていたとしか言いようがありません。


9割以上の人が専用シューズ着用、色々とチューンナップしたバイクに乗っていく中、
ただのランニングシューズとドノーマルのロードバイクで
必死にバイクのコースを漕いでみるも…。

すごい高そうな自転車に乗ったおじさんに、
涼しげな顔であっさり抜かれていくあの屈辱感たるや(苦笑)。

まあ、乗り方とか練習量とかももちろんあるんですけどね。
買ったの3週間前だしな!


参加者中マジで唯一、サイドスタンドを
つけっぱなしで走るという(軽量化のため普通は外す)
ナメきった態度にも天罰が下ったのか、次々と色々な人に抜かされていき


「そういえば俺って、昔から運動できない人だったし。
 最近はなんか調子乗ってたんだよ。もうダメだわ…」


と運動音痴だった中高時代のネガティブ思考まで蘇り、
なんか精神的にすごく落ちて普通に泣きました。笑

果てしなく続くかに思われた40キロを
なんとか80分超で終わらせて再びスタート地点へ。


【トランジション2】


バイクからランへの準備です。
大半の人はここは着替えないので、自転車を置いて
靴を履き替えるだけのターム。

オトキタにいたっては自転車を置いてくるだけだったはずなのですが、
走りだしてから観客に

「ヘルメット!ヘルメット!」

と言われ、メットをつけたまま走りだすという
初心者にありがちなミスをかましたことに気づく。

やっぱなんだかんだで焦ってるんだよなー。
と思いつつ、後に一緒に出場した仲間たちの
5人中3人までもが同じミスをやってることが発覚しましたw


【ラン 10km】


いよいよラストの競技。

「ここまで来たら、這ってでもゴールできるだろっ!」

と思うものの、ツラいもんはツラい!
ていうか、めちゃくちゃツラい!!

とはいえ、3種目の中では
もっとも自信と実績のある競技。


「こちとらガンプラ組み立てながらのフルマラソンで、
 ほぼサブフォーの記録もってんだよっ!!」

42.195 〜東京マラソン2008始末〜
http://otokita.seesaa.net/article/84701922.html


と自分を鼓舞し、入りの2.5kmはハイペース(キロ4分〜4分半)で突入。
自転車にお金をかけられない貧乏人は、ここで巻き返すしかないのです!
しかも時計を見てみると、おや、これはもしかして…?

が、威勢よく30人くらいを抜いたあたりで右足に異常。
続いて左足にも異常。やはり、スイムとバイクの蓄積ダメージは半端じゃない。
歩いたり立ち止まったりは絶対したくなかったので、やむなくペースダウン。

同じコースを2.5kmずつ4周するのですが、
単調だし直線は果たしなく長いし、直射日光が照りつけてくるわで
もう後半は意識も朦朧としながら…


ラストスパート!ゴーーール!!
トータルのタイムは…


2時間57分弱!!


いやはや、制限時間内(3時間30分)の完走が目標でしたが
実は密かに3時間は切りたいと思っていたので、
これは素直に本当に嬉しかったです。

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ゴール後。
笑顔を作る余裕はナシ…。

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一緒に出場した仲間たちと。
全員完走できて、良かった!


--


というわけで、なんかもっと色々とつらかった気もするんですが、
トライアスロン始末でございました!


つらさの基準は人それぞれだと思うんですけど、
僕的には過酷さでは

トライアスロン>>フルマラソン>>100キロハイク。

何が嫌って、スイムの恐怖。←
3つの競技のうちで、どれが一番つらいか?というのは気になると思います。
それぞれ違うつらさはあるものの、やっぱりスイムが一番怖かったなー。

正直、あの恐怖だけは二度と味わいたくありません。。


あと、周りの参加者がガチ過ぎること。
あの雰囲気に、初心者は絶対飲まれます。笑
冗談でもコスプレとかできません。たぶん刺されるよアレ。

また肉体的にもやっぱり酷使しますから、
大会中、救急車が沢山きてて、それも普通に怖かったです。


そして何が大変だったって、本番もとってもつらいけど、
ここ一ヶ月間が肉体的にも精神的にもすげーしんどかったです。。
いかに練習時間を確保するか、まさに時間との闘いで。

これ、トライアスロンの一番キモだと思うのですよ。
マラソンって、極端に言えば靴だけあればどこでもいつでも練習できるんです。

でもトライアスロンはそうはいきません。
自転車は夜は危なくて練習できないし、
スイミングプールが開いている時間も限られています。

つまり、残業とかしてたら平日は完全にアウト。
でも仕事は減らない(むしろ増えてた)。じゃあ、どうする??


早朝から自転車乗ってその後に仕事するか、
超早く会社に行ってプールの開いている時間に帰ってくるか。
いずれにせよ、睡眠時間が犠牲になるわけでして…。

ここ一ヶ月間、実は常に眠くて死にそうでした。笑

経営者に人気がある理由も、この辺だと思うんですよねー。
タイムマネジメントが得意とか、自分で自由な時間をある程度
コントロールできる人じゃないと難しいというか。。


あとマラソンは走り終わったら帰って終わりだけど、
トライアスロンは自転車を車に乗っけて東京に戻ってきて、

さらにレンタカー屋から自転車に乗って家まで帰ったりする必要があります。
重い荷物まで付いてきて、本当にバカなんじゃないかと思いました。


こうして列記してみると、本当に金も手間も時間もかかる面倒なスポーツなのですが
その分やりきった感は半端じゃないので、ぜひ皆さんにも一度
この苦しみを…この充実感を体験していただきたいと思います!


何はともあれ、一緒に出場したイマイくんを始めとする
仲間たちに心からの感謝を!1人じゃ絶対に無理でした(物理的にマジで)。

そしてFacebookなどで沢山の応援、いいねをくれた皆さま、
本当にありがとうございました!あの励みがなかったら、
スタート前に帰ってたと思います!

あと1年ちょっとで20代も終わりになりますが、
なんとなく節目になりそうな年に、一つの大業が成し遂げられて良かったです。


そ し て 。


まあ余談ではありますが。
日焼け止め、顔に塗ったじゃないですか。
それすらしない人もいるけど、ほら僕、美容業界の人間ですからね!

だからそこはバッチリだったんですよ。
あとは途中まで曇りだったし、手も届かないし、
時間との闘いの中だからって正直、横着したのは事実だけど。

家に帰ってシャツを脱いでみたら…


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恐るべし、トライアスロン!背中いてぇぇぇぇ!!
完全にペイントアートです、本当にありがとうございました。


では過酷イベント恒例の、
あの言葉で日記を締めたいと思います!


もう二度と、やらないっ!!


posted by おときたしゅん。 at 00:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月03日

春のふらいパンダ東北ツアー -まだ、僕たちにできること-

いよいよ僕も社会人も7年目に突入した4月ですが、
新卒生の皆さま方におかれましては入社早々の春の嵐に
これからの暗雲たる社会生活を感じ取られたかと思います。

気象庁が警告を発しようが、雨の日も風の日も会社に行く!
会社が一斉帰宅を命じたかと思えば、東京都が

「混乱するから、てめーらもうちょっと職場で仕事してやがれ!」

と采をふるう!
そう、君たちが今日から社会を支える企業戦士、サラリーマンだ!

立派な社畜になるべく、ガンバリマショウネ…


--


さて、先週末はご案内の通り、
久々のふらいパンダ主催のボランティアツアーを実施してきました。


子供たちに笑顔を!カステラを届けるプロジェクト
非営利団体ふらいパンダ
http://fly-panda.org/


おかげ様でふらいパンダの活動もだいぶメジャーになってきまして、
一般参加者を公募するボランティアツアーも、締切前に定員が埋まるようになり。

今回の参加者は約30名。
ボランティアが初めての参加者も多く、
初対面の方も大勢参加していただけました!

行きの貸切夜行バスの中では、簡単な自己紹介と
今回の活動に参加したきっかけを一言ずつスピーチ。
僕は幹事カーを運転したためその場にいなかったのですが、


「オトキタさんのつながりで…」
「オトキタさんの友人の友人で…」
「オトキタさんのtwitter(Facebook)を見て…」


という人が続出したらしく、

ソーシャル男

という不名誉なあだ名をいただく。
どうも、ボランティア界のザッカーバーグです。


今回お邪魔したのは、仙台市内の若林区荒浜。
市民会館の敷地をお借りしたのですが、2キロも行くと
津波の被害を直接受けた地域に差し掛かる場所です。

なお、今回は地元に根ざして復興支援を行なっている、

ReRoots
http://reroots.nomaki.jp/

さんが主催される地域活性化イベントの
一つの目玉としてふらいパンダにお声がけをいただきました。


当日はあいにくの天候にも関わらず、
子供たちや家族連れ、近所のおばあちゃんたちなど
40名ほどがカステラ作りに参加してくれました。

制作の様子はいつも通りなので割愛。笑

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今回からユニフォームとして、「ふらいパンダエプロン」を導入。
おそろいの黄色がカステラの前で映えて、いい感じです。

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人数が多いので今回は2回焼き。
まず大人たちだけで本気で作った1回目のカステラ。
これはマジで美味そう。

新鮮な地元の食材(卵など)を提供いただいたこともあって、
味も歴代で三本の指に入る出来でした!

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みんなで作った2回目のカステラ。
こっちもうまくできたね!


なお、今回のオトキタさんの主な役割は

「焼き上がりを待つ間、ガチで小学生♀たちと鬼ごっこをし続ける」

ことでした。
翌日、マジで筋肉痛だったんですけど。。

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鬼ごっこを闘った戦友たちと。
小学5年生とのことで、子どもは無邪気で可愛いNE!

そんな彼女たちの会話に耳を傾けてみると、


「◯◯ちゃんの彼氏がねー…」


な ん で す と ?


「☓☓ちゃんなんて、浮気してたじゃん!
「ええー、1週間だけだよぉ!


なんだ、なんなんだこの敗北感は…。
鬼ごっこでは圧倒的に勝ったのに。。(大人気ない)

ま、命短し恋せよ乙女。
君たちが時代の東北を支えていくわけですね。
頑張れ恋多き少女たち。そしてソーシャル男、おまえもがんばれ。


--


カステラ作りが大成功に終わった翌日は、
ふたたびReRootsさんの活動に参加して復興支援活動に。

「農地復旧のボランティア」

と聞いていたので、津波に浸かってしまった畑の
細かい瓦礫を取り除いたり、除塩作業をするのかと思っていたら。


「まだ側溝にヘドロが詰まっていて、使い物にならない地域がある」


という衝撃の事実を伺う。
去年の夏ごろまでメインだった作業ですが、
まさか人の住んでいる地域でまだ残っていたとは…。

ガチムチのマッドバスターズ装備を持ってこなかったことを後悔しつつ、
9月以来となる本格的な汚れを伴う肉体労働作業に従事。

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畑を突っ切る農道の脇にある側溝。
ここにヘドロが大量に詰まり、使い物にならなくなっています。
これをひたすら掻きだしていく。

なお、私の服装は仕様です。

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なんか一見、のどかな田園風景にも見えるんだけどね…。

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午前中だけで、反対側に山のように積まれる土のう袋たち。


残念ながら、翌日仕事の社会人が大半のふらいパンダは
お昼過ぎに作業を切り上げて帰京する運びに。

帰り際にReRootsの代表さんと立ち話をし、
まだこうした作業が残っていることの驚きを伝えると、
さらなる衝撃の事実を伺う。


「農地や農道はどうしても後回しにされる。
 ボランティアでなんとか作業を続けてきたが、
 実は側溝を綺麗にする作業も4月いっぱいまでしかできない」

「4月末で、汚泥(ヘドロ)の入った土のう袋を行政が処理してくれなくなる。
 自治体が予算を組めなかった。汚泥の処理までは、ボランティアや民間活動では限界だ」


被災地への復興予算が充分ではない、
うまく配分されていないという話しは報道上で耳にしてきたけれど…

実感を伴って、目の前につきつけられた現実。

政治の世界では増税や社会保障の議論が進む中で、
僕たちは何か、1年前には確かに持っていたはずの、
大切なものをまた忘れてしまったのではないか。


そんな複雑な想いを抱きながら、
荒浜海岸に作られた慰霊碑に鎮魂の祈りを捧げ、
東北の地を後にしたのでした。


--


最後がちょっと暗くなりましたが、
何はともあれ運営メンバーのパンダたち、
そして参加者のみなさま、本当にお疲れ様でした!

カステラで大勢の人の笑顔が作れたし、
翌日は直接的な形で復興支援にも携われて、
充実したボランティアツアーになったのではないかと思います。


手前味噌ながら、ふらいパンダは本当にいい組織になってきていて、
こうした企画を満足いく形で運営できるようになりました。

ここまで支えてくれた仲間たちや応援者に、改めて感謝を。
ありがとうございます。


我々ふらいパンダにはいま、大きな目標が2つあります。

1つはもちろん、東北の子供たちに笑顔を届けること。
そしてもう1つは、被災地への関心を持ち続けてもらうことです。


震災から1年が経ち、あからさまに世間の関心が薄れていく中で、
なんとかその気持ちをつなぎ止めたい。あの時、誰もが感じたはずの感情を、
もう一度呼び起こしたい。保ち続けたい。

復興支援に携わるきっかけは、なんでも良いと思います。
とにかく、一度いけば何かが変わります。当事者なるからです。


その点で、ふらいパンダの活動は世間の目を引きやすく、
また「参加しやすい」復興支援活動だと言えます。
非力でも、女の子でも、一人でも、参加できる。

また、一度参加して下さった人たちのリピーター率が高いのも
ふらいパンダ活動の特徴であり自慢の1つです。


「でっかいカステラを作ってみたい」
「美味しいものが食べたい」
「復興とかよくわかんないけど、子どもが好き」


こういう人たちに一人でも多く、東北に訪れる機会を創りたい。

そんな想いで、我々ふらいパンダはあと2年程度、
東北支援に携わる活動を続けていきたいと思っています。


--


最後にちょっとだけ宣伝を。

ふらいパンダは、メンバー(正会員、賛助会員)を募集しています。

我々と一緒に主体的に、東北支援に携わりませんか?
日々の活動はウェブサイト「サイボウズ」を中心にコミュニケーションを行い、
定例会が毎月最終日曜日の午前中に開催されます。

特に今、ウェブの運営ができる技術者を大募集しています。笑


また会費は半年6000円、年12000円です。

非営利団体として支援活動を続けていくためには、
どんなに綺麗事をいっても資金が必要です。

世間の関心が薄れる中、我々が援助を受けている
助成金もいつ打ち切られるかわかりません。


一時的な寄付ももちろん助かりますが、
「会費」としていただける定期収入は団体運営にとって
非常に心強い運転資金であると言えます。

なので、

「なかなか活動には参加できないかもしれないけれど、
 賛助会員という形でメンバー登録するよ」

という方も大歓迎しております。

我々の活動に共感していただける方は、
お気軽にオトキタまでご連絡下さいませ。


暖かくなってきたこの季節、
ガンガン東北に笑顔を届けにいきますよ!
今週末のお花見も、まだまだ参加者募集中です。

◆子どもたちに満開の笑顔を!◆
-ふらいパンダpresents100人花見-
http://bit.ly/GBPguG


今後ともふらいパンダと東北復興支援に、
変わらぬご声援を宜しくお願い申し上げます。

非営利団体ふらいパンダ
副代表 オトキタシュン
posted by おときたしゅん。 at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月12日

それぞれの1年、それぞれの3.11

3月は別れの季節。
先週末も、会社の仲間の送別会が行われましてね。

三次会が終わって、時刻は1時半。
セレブなお姉様方は颯爽とタクシーで帰り、
取り残される若手男性社員3名。

A「…どうする?」
B「朝まで飲みますか。男だけで」
A&C「それは無理!」

コスメ業界に勤める男子たるもの、
女子がいない空間には絶えられないのです(?)。


紆余曲折、協議の結果
なんとオトキタさんの実家に
会社の同僚2名がお泊りするという新しい展開に!


まあ着いたのが深夜2時過ぎなのでね、
ほとんど同僚と両親の接触もなかったわけですが。
深酒をして目を覚まさない我々を置いてでかける母親は

「友達の分のタオルと歯ブラシ、洗面所に置いておくからね!」

と仏のようなセリフを残して行かれました。
ありがとうお母さん、俺、明日から親孝行するよ!


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どうみてもヘアブラシです。
本当にありがとうございました。


--


昨日で震災から1年。
ゴールデン街のバーで、普段は見ないテレビを見て過ごしました。

テレビ画面に次々と映し出される東北各地が、

「ああ、ここも行った。あそこも行った」

という場所ばかりで、
それぞれの土地に感情移入しながら、
色々な気持ちを思い出しながら、見させていただきました。

微力ながら、少しでも、東北のために何かできていたのかな。


4月に支援物資を届けに行った南三陸。
避難所の志津川中学校で暮らす中学生の女の子が、
家族で一台シェアして使っている携帯電話を握りしめて

「いま、彼氏ができたのっ!」

と、耳を真っ赤にして目の前で喜んでいて。
どんな悲劇の中にも、また小さな幸せが生まれることを目の当たりにしました。


5月にボランティアに行った多賀城市。
まだまだ拙かった巨大カステラを焼きながら、
AKBの話をして仲良くなった女の子が

「ダブってるから、あげる!」

といってくれた板野友美の下敷きは、今でも僕の宝物です。
…なんだか、ハタから見たら誤解を受けてる気がしないでもないが、
沢山のものを失った子どもから、逆に大きなものをもらったように感じました。


この1年間の、様々な活動を振り返って発見したことは、

「この子どもたちに、明るい未来を残したい」

という、単純で、本当にシンプルな自分の気持ちでした。

避難所でも、被災地でも、子どもたちの周りには
いつだって誰かを幸せにする空気が漂っていたから。


大人になった僕は、その責務を果たせているのかな。
あの震災がなければ、そんなことにすら気づかなかった。


テレビを見るのはしばらくいいや。

あの震災も、津波も、様々な悲劇も、
忘れようとしても忘れるものじゃない。

でも本当に忘れてはいけないのは、

「何かをしなくちゃ」
「自分に何ができるだろう」

と、その時おそらく誰もが感じたあの気持ちだと思います。

一人ひとりが、「誰かのためにできること」を真剣に考えて、実行する。
それは、実はとても難しいことなのだけれども。


四方を海に囲まれ、台風の通り道となり、
地震が多い場所に位置した日本を再び災害が襲うのは
避けられないことなのかもしれません。

でも、また近い未来におそらく訪れるその時に、

「国は何をしている!」
「政府はウソばっかりだ!」
「◯◯の陰謀だ!××の圧力だ!」

などと、大人たちが見苦しくいがみ合う場面を、
僕はもう二度と見たくありません。


ふらいパンダのカステラで直接
子どもたちに笑顔を届けることも大切だし、
もちろん続けていくけれど。

僕は、若者や子どもたちを不幸にする間違った国と社会のシステムを、
そしてそれを作ってきた指導者たちの過ちを正すため、
自分の持てる力を費やす1年にしたいと思います。


改めて今回の被害に遭われた方々にご冥福をお祈りするとともに、
いまだに避難生活を続ける30万人を超える人々に
一刻も早く日常が戻ることを願ってやみません。


--


ああ、書いてたら熱が入って
前半と後半のタッチの差が偉いことになってしまった…。

ま、がんばろうぜ若者たち!
日本の未来は、世界が羨む(byLOVEマシーン)ってね!

Love, and hope!
posted by おときたしゅん。 at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月27日

東北の子どもたちに、 'Merry Christmas.'

あっという間に今年のクリスマスも終わっちゃいましたね。

一気に街がトーンダウンしたようで、
祭のあとのような虚無感を感じたり感じなかったり。


そんな中、今年は宣言通り、2週間連続で東北に向かい
3イベント4回に渡るカステラ製作を行なってまいりました。

なお、これらのイベント実施に際して
2つの団体から多額の寄付をいただきまして。


クレドアンドカンパニー株式会社
http://credo-a-company.jp/

TOMORU
http://www.facebook.com/pages/TOMORU/304649742897372?sk=info


どちらも僕の大学時代からの友人が立ち上げた会社・団体です。
この場を借りてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました!



【12/17 あすと長町 仮設住宅地】


長町に作られた仮設住宅のど真ん中で行われる
チャリティーイベントにふらいパンダ参上。

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後ろに連なって見える建物が仮設住宅地です。
天候にも恵まれ(極寒だったけど)、上質なかすてらを焼き上げました!

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あら美味しそう。
子どもも、数は少ないながらとても喜んでくれました。

しかしながら…


「仮設住宅は問題がたくさんある」
「住民同士のコミュニケーションが取れない」
「孤独死、自殺を防がなくてはならない」


という話は良く聞いていましたが、
初めて仮設住宅の敷地に入って、そこで生活する人に触れて、
そう言われる理由が少しだけわかった気がします。

中央の広場でお祭りがやっていても
かたくなに扉を閉ざして参加を拒む住居や、
冷ややかな目線を投げかけて足早に去ってしまう住民の方もいる。


住み慣れた家がなくなって、半ば共同生活を強いられ、
不便で冷たい住宅で暮らす人々の心のうちはいかばかりか。

自分たちにできることが、まだ無邪気な子供たちと遊ぶことだけかと思うと
少しだけしょんぼりもしてしまうのでした。


【12/17夜 勾当台公園ナイトペーシェント】

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夜は場所を移して、イルミネーションイベントを盛り上げるために参加。

夜 & 極寒という逆境を乗り越え、過去最高の行列ができる中
100名以上の人々に出来立てで暖かいカステラを配布しました!

4.JPG

6月に長町でカステラを焼いたときにも出会った方と再会したり、
僧侶(?)をしているという女性の方から


「私たちは身内にも犠牲者が出た。僧侶だから四国まで行ってお遍路を完遂したけれど、
 あなた方はそんなことよりずっとずっと尊いことをしている。ゆかりもない他人のために
 こんな素敵なことをするなんて、とても簡単にできることじゃない。本当にありがとう」


という有り難いお言葉(と、寄付金まで!)をいただきまして。
分不相応な評価に、今度はちょっと照れくさくなってみたり、ね。


【12/24, 25 気仙沼南町復興商店街】

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そしてクリスマスイブと当日は気仙沼へ。

津波の被害を直接被り、壊滅してしまった商店街。
プレハブの仮設ではあるけれど、半分以上のお店がもう一度集まって
「商店街」という形でもう一度復活することができたそうです。

そんなおめでたいイベントに、パンダが呼ばれぬわけがない!
さて、いつも通りカステラを焼くか…と思いきや。


「地元の洋菓子屋さんが営業を再会したので、
 協力してクリスマスケーキにして欲しい。

 デカイから形崩さずにフライパンから出すの難しいと思うけど、
 そこはほらアレだ、気合?よろしく!」


という、恐ろしい課題を当日朝にイベント主催者の葛西姉さんから課せられる。
どうなるかわからんけど、こうなりゃなんでもやってやんよー!!

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ちょっと割れちゃったけど、
案外とうまくフライパンから救出成功!

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プロであるサイトウ社長の手で、
あっという間にカステラがショートケーキの下地になっていく。
これは本当に圧巻でした。

そしてサイトウ社長がサポートする中、
気仙沼の子供たちがみんなでケーキをデコレーション!

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この光景には、周りの大人たちも思わずほっこり。
そして…

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完成!

肝心の味ですが、ここまで想いとプロの手が入ったオリジナルケーキ。
美味しくないわけがないっ!!

焼きたての暖かいカステラも捨てがたいけれど、
新しい可能性と喜びに気づくことができたクリスマスバージョンでした。

※全国紙にも取り上げていただきました!

読売新聞Web版
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/miyagi/news/20111225-OYT8T00799.htm

毎日新聞WEb版
http://mainichi.jp/select/photo/archive/news/2011/12/24/20111225k0000m040082000c.html

--


怒涛の2週連続開催を終えて、
今年度のふらいパンダとしての支援活動は終了となります。

人生でこんなに東北に行く機会があるなんてまったく思ってなかったけれど、
改めてに数えてみたら4月から10回以上、計30日近く滞在していました。
預金通帳も真っ赤になりました(苦笑)。


最初は何をすればいいか、わからなかった。
少しするとやるべきことが山ほど出てきて、
目の前にある瓦礫やヘドロの山と闘った。

でもまた少し時間が立つにつれて、またわからなくなった。
単純な肉体労働はなくなった。ボランティアの数も、世間の関心も激減した。

それでもまだ、何かをしなければいけないとは感じていた。
あれだけの大災害が、たった半年で風化するわけがない。
都会の人たちから忘れられていく被災地に、僕はなにができるのだろう…。


そしてたどり着いた答えに、
今なら少しだけ自信が持てる気がします。


気仙沼に出発する直前にいただいた、
「イイネ!Communication Project賞」。

その授賞式でのスピーチで、
今の想いを述べさせていただいたので
手前味噌ながらその原稿を一部掲載させていただきます。

受賞する前提で、内容原稿まで用意してたっていうね(笑)。


◆◆◆

我々ふらいパンダは、東北の子供たちと絵本の世界に出てくるような
巨大かすてらを作るという、一風変わった復興支援を行なっています。

見る人が見れば、いわばお遊びとも言える活動ですから、
被災地のど真ん中で活動する中で正直、様々な葛藤があります。

しかし、とある学校にかすてらを焼きに言ったとき、校長先生にこう言われました。


「ふらいパンダは、被災地の子供たちを特別扱いしないのがすごくいい。」 


たくさんのNPOやボランティア団体が東北に復興支援に入っていますが、
復興とは日常を取り戻すことです。

子供たちの本来の日常に、我々のようなNPO、ボランティア団体は登場しません。
だから我々は復興支援をしながらも、子供たちにそんな説明は一切しません。

ただ遠くからきたお兄さんたちが、かすてらを作って一緒に遊ぶ。
そんな気持ちで、これからも支援を続けていきたいと思っています。

◆◆◆


子どもの頃に夢見たサンタさんは
欲しいものをなんでもくれる、無敵で万能な存在でした。

サンタさんの正体は本当はただの大人たちで、大人になった今の僕たちは
失ったものを取り戻すことも、欲しいものを与えてあげることもできないけれど。

あれだけのつらい想いをした子供たちに、
明るい出来事がなかったら悲しいじゃない。


東北の子供たちに、一日も早く日常が戻りますように。
強く強く願いを込めて…


Merry Christmas.


ふらいパンダ副代表
オトキタシュン
posted by おときたしゅん。 at 01:31| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月07日

意外と偽善者ではないのかもしれない

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なんか最近ボランティア関係の日記ばっか書いてて

「オマエは他に何もしてないのか?」

と思われそうな気がしなくもないのですが、
週末の記録も日記につけておきます。えーい


【ボランティアツアーの主催】


6月3日夜出発で、1泊3日のマッドバスターズ(泥かき)ツアーを主催してみました。
これがまた、やってみたら


超 大 変 


よく東京都や大手のボラ団体がやってるツアーで
「定員は40名、定員なり次第終了」とか書いてあるのを見て

「は?300人くらいバシっと連れていけやヴォケが」

と思わなくもなかったのですが、
うん、ごめん。そりゃ無理だ(断言)。


今回我々は30名超で石巻市に入ったんですけど、
インフラや治安もはっきりとしない被災地が目的地で、
初対面も含めた30名のメンバーを取りまとめる難易度といったら!

いくら「ボランティア活動は自己責任」と免責事項でうたっていても、
主催者として無事故で済ませることはある意味義務ですし、
「また支援に来よう!」と思ってもらわなければ負けだし。


まあ、事前のリサーチ不足という面も否めませんでしたが、
ありとあらゆる旅行やイベントの幹事業務の中で
ぶっちぎりでキツイ貴重な経験となりました。

あんまり書くと愚痴っぽくなるのでやめますけど(苦笑)
色々勉強になったなー。バス手配から行動計画、現地NPOとの連携まで。
類似企画をやりたい方、相談乗れますよw


すんげー大変だったけど、

「貴重な経験になりました」
「また必ず来ようと思います!」
「次回のマッドバスターズツアーは僕が主催したい!」

という参加者の皆さまの声は本当に嬉しかったです。
行動のきっかけを作って、支援の輪を広げることが目的だったので。

改めて参加者みなさま、そして運営を手伝ってくれた皆々様、
本当にありがとうございました!


【Fly-Panda活動報告@仙台長町】


最終日の6月5日(日)は、マッドバスターズ本隊と離れて、
Fly-Pandaのメンバーは本業(?)のかすてら作成へ。

今回は仙台の長町というところで、仮設住宅で避難生活をしている
住民の方々を対象としたチャリティーイベントに招いていただきました。

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色んなものがパワーアップ。
パンダのロゴやキャラクターもできたよ。

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想像以上に子ども受けがよく、
たくさんの子どもたちが手伝ってくれました!

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そしてこの注目度の中で…

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オープン!

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今回のかすてらは、過去最高の出来具合。
フツーにふっくら膨らんだし、何より見た目がいい!
なんか、お店とかで見たことあるよこういうかすてら!


何か悪いことが起こるんじゃない?
ってくらい終始うまく行ったイベントでした。

再認識したのが、「巨大かすてら」というコンテンツ力の高さ。
来場者に喜んでもらえたのはもちろん、その場にきていた現地NPOや
被災地の学校関係の方から

「どういう条件を満たせばやってくれるのか?」
「うちにも来てやってくれないか?」

と、本当に沢山のお問い合わせを受け、
一気に夏場までの予定が埋まりつつあるという嬉しい悲鳴状態。


そんな我々Fly-Panda、公式HPや
フェイスブックのファンページができつつあります。

まだ皆さまに協賛をお願いする段階に至ってないのですが(色々と苦戦中…)、
こちらも随時アップデートしていきますので、
お気に入りなどにご登録いただけると幸いです。

公式HP
http://fly-panda.org/
フェイスブック
http://www.facebook.com/FlyPanda.jp
mixi
http://mixi.jp/view_community.pl?id=5645797


--


長くなってますが、タイトルに戻り。

最近、ちょっとモヤモヤしてたのですよ。
ボランティア活動、支援活動への関わり方についてというか。


最初に南三陸町に行ってから二ヶ月以上。被災地支援を続けようと決意してから、
そりゃあもう色んなトラブルを引き起こしました(苦笑)。
沢山の人と衝突して、いさかい起こして、謝って。

こんなことしてて、被災地の役に立ってんのかなーとか。
周りの冷静な大人たちみたく、目の前にあること、自分にできることを
やっていた方が結果的にいいんじゃないかなーとか。

そのたびに「いやこれは、自分のためにやってるんだ」とか言い訳つけて、
無理に自分を奮い立たせてたような気もするわけね。


んで今回、3回目となる現地入りを通じて、

「ああ俺これ、人のためになるのが嬉しいんだな」

ってことに確信が持てたような気がするんですよ。
これまでの人生で僕、

「目の前で困っている人がいます。助けますか?」

って問いに無条件でYesって答える人じゃなかったと思うんですよ。
何か理由付けを探してからじゃないと手を差し出さない、的な。
というかそもそも、他人にあんまり興味がないし。←


そんな人間が、無償どころか今のところ持ちだしが多い
支援活動を継続できて、終わったらすぐ「次はどうしようか」って考えている。
これはもう、単純に「(他人のためになることが)好きでやってる」としか思えません。

自分が世のため人のためになることに快感を見出すようになるとは…
(いや結局、快感のためにやるんだったら自分のためなのかもしらんけど)


というわけで、被災地支援活動を通じて何より変わってきているのは
自分自身なのかもしれないな、と思った連休なのでした。
なんか中2っぽくてスマソ。

そんじゃーね!(ちきりん風)
posted by おときたしゅん。 at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月14日

GW被災地支援 -石巻マッドバスターズ後編-

さあ、長くなってきたのでここからはサクサク行くぜ!


【5月5日】


この日は非営利団体「Fly-Panda(ふらいパンダ)」の活動第一弾、
多賀城市(仙台の隣)でのかすてら炊き出しイベントへ。

GW中にできると思っていませんでしたが、
奥田さんの尽力で現地NPO団体にうまく話しが付き、
多賀城高校で行う被災地応援イベントに便乗することができました。

石巻から移動するため、朝4時半に起床。
相変わらず朝は寒い。


《東松島、仙台市荒浜地区》


「下道で仙台まで行けば、東松島とかが見れる。
 あそこも相当ひどい。見ておいた方がいいんじゃないかな」

という奈良さんの提案で、
少しだけ東松島市と、仙台市内でも最大級の津波被害があった
荒浜地区を視察。

東松島。

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道が冠水してしまい、これ以上車では進めない…。

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二ヶ月経った今も、水没した街。
この街の時計の針は、3月11日から止まったままなのでしょう。

仙台市荒浜地区。

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信号機やガソリンスタンド。

普段見慣れたものの変わり果てた姿を見るのは
筆舌に表せないほどのショックです。


事実から目を背けないため、
また被災地への関心を長く持ち続けるため、
たとえ野次馬と言われようとも現場を見ておくべきだと僕も思います。

ただ、必要以上に見るのは本当に精神的に良くないと痛感しました。
僕は南三陸町、石巻、そしてこの2ヶ所を見て、
完全に心の許容量をオーバーしてしまいました。

正直、帰ってきた今でもちょっと精神的にキツイ時があるくらいです。
物見遊山はほどほどにしておくべきだったと反省。


《多賀城高校にて》


気を取り直し、多賀城高校で東京からきたFly-Pandaメンバーと合流。

急な予定だったので車が集まらず、twitterで車を出して下さる方を募集したところ
面識もないのに車の提供を申し出てくれた、トモコ姉さんと初めましてのご挨拶。
他にもお忙しい中、前狭山市議会議員のみうらさんも車を出してくれました。

本当に僕らの活動は、人々の善意で支えられています。
そしてブログやtwitterで培ってきた人脈は無駄ではなかったと実感。


下準備を終えて、イベント開始時刻に。
子どもたちも交えてのかすてらタネ作り。

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こんな作業でも楽しいと言ってくれる子どもに感謝。笑
焼き上がりには1時間半ほどかかるのですが…

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見よ、このかすてら待ちの大行列!!

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焦げ目がつかなくて、ちょっと失敗してしまったけれど…

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子どもたちや、被災地の方々の笑顔が何よりのやり甲斐です。


ちなみにかすてら焼き上がりの待ち時間中、
AKB48を踊って場を盛り上げていたら仲良くなった中学生の女の子が

「ダブってるから、あげる!」

と言って板野の下敷きをくれました(感涙)。
なんか色んな意味で一生の宝物ですコレ。
キモいと言われようとも、部屋に飾り続けるぞ俺は。

てゆーか皆さん、被災地の子どもたちと仲良くなるのは
AKBのダンス覚えるのが一番早いっすよ、マジで。


ちょっとした失敗はもちろん沢山あったけど、
1回目の活動としては

「大 成 功 ☆」

と言えるのではないでしょうか!
非営利団体「Fly-Panda」のHPは、いよいよ近日公開予定!

だけど、ちょっとだけフライングして動画を見せちゃいます。
編集してくれたアキラさん(ほぼプロ)、ありがとうございました!
(てか公開OKですよね?まずかったらご指摘下さい。)



http://www.youtube.com/watch?v=fITy7UiWTGw


仙台市内で牛タンを食し、
銭湯に立ち寄ってから石巻のテントサイトへ帰還。
翌日に備えて泥のように眠る。


【5月6日】


さて、昨日とは打って変わってこの日は
誰の笑顔も見れないジミーな泥かき作業です。

炊き出しが沢山の人に「ありがとう」って言われて
笑顔もいっぱい見れる「光のボランティア」だとすれば、
マッドバスターズはまさに「闇のボランティア」。

誰も住んでいない民家を泥かきする時なんかは、
感謝の言葉すらもらえることがありません。
だから何ってわけではないけど、それがボランティアの現実。


ということでこの日は民家というか
今は誰も住んでいないアパートの1階の泥かき。

が、リーダーのNさんが場所を間違え、小一時間ほど
まったく無関係な民家を清掃するというアクシデントに見舞われる。笑

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この日のヘドロちゃんはちょっとウェッティ。
すくいやすいけど、重くて臭いが厳しいです。

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お隣りでは、重機を操る方々が作業していました。
てっきり公式な行政の方々かと思っていたら、

「いやいや、あれも全部ボランティアの人たちなんだよ」

とリーダーのNさんが教えてくれる。
地元の建設業者が、重機を人員ごとボランティアに提供しているそうな。


結局いま石巻市のこの地区には行政が一切入ってなくて、
交通整理も重機での瓦礫撤去もすべてボランティア。

復興妄想会議とやらが一向に進まず、どの区画を残して
住めるようにするかが決まっていないため、最低限の道やインフラを作ったら
行政の作業はすべてストップしてしまったらしい。

そりゃあ瓦礫の山が一向に減らないハズだよ…。
前途多難とはこのことだ。。


この日は、Nさんの教授で床板剥がしにも挑戦させてもらいました。

「ここに力入れるだろ?んでこうだ!(バコっ!)」

いとも簡単に、1枚10秒程度で床板を剥がしていくNさん。
さっそくオトキタさんもチャレンジ!

「ここに力を入れて、おりゃー!(ベキっ)ああっ?!(ヘドロの海に落下)」

うん、難しいねコレ。。
でも最後の方には少しできるようになったぞ!
床板を剥がす際には、ぜひお申し付け下さいませ(ないと思うけど)。


この日は一軒の家を完了できたので、爽快な達成感。
テントサイトに帰ると、この日からセブンイレブンの移動店舗なるものが出来ていました。

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なるほど、これはコンビニエンス。


夕飯は、ボランティアワッペンを見せると
1000円まで無料にしてくれるという粋なサービスをしている「ココ壱」へ。

町ぐるみ、企業ぐるみでボランティアを支える石巻は本当に素晴らしい。
東京でもココイチを食おう。


この日も自衛隊風呂に行き、明日に備えて早めに就寝。
星が死ぬほど綺麗な夜でした。


【5月7日】


いよいよマッドバスターズも最終日。

「今日の民家は絶対に終わらせたいね」

とみな気合が入る。
しかし、向かった先に大ボスヘドロは待っていた。


この民家の正面には、どでかいパルプ工場が。
津波で溶けて流れてきたパルプが、ヘドロと混じって固まり偉いことに。
床下のみならず庭や裏庭、窓の下にまでヘドロとパルプが積み重なっていました。

こちらのお宅では、土曜日ということもあって
民家の方々も総出で泥かき作業。ボランティア含め15人くらいで、
くっそ重いパルプとヘドロの固まりに立ち向かっていく。


昼休み、おじいちゃんが

「すぐとなりにいたばあさんは水に沈んでしまった。
 手を伸ばして、足も伸ばしたけど届かなかったんだよ…」

と、津波当日のお話しをポツリ、ポツリとしてくれて。
僕らはただ、ただじっと聞くことしかできなかった。


裏庭からは、園芸に使うはさみや工具が沢山出てきて。
民家の方に見せると、

「それは、隣のおばあさんの形見だ…」

と言って、愛おしそうに泥を落として磨いていた。
なんとしてもここだけは今日終わらせると、決意を新たにする。


そして人間、やればできるもので。
絶対終わらない量だと思っていたヘドロどもが

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どかーん。
3、4トンくらいあるんじゃないだろうか…
写真の裏にもまだまだ一杯あります。


「まさか連休中に片付くとは思わなかった。ありがとう!」


という嬉しいお言葉をいただき、
我々マッドバスターズの今回の任務は無事完了。

テントサイトに戻り、丸4日お世話になったテントを撤収。
名残惜しさを全力で感じながら、日が沈む前に石巻市を後にしたのでした。


--


以上が、5日間に渡る僕らのボランティアの記録。
長くなったけれど、感じたことや見てきたことを余すところなく伝えたつもり。

僕らがやってきたことは本当に微力かもしれないけれど、
被災地はまだまだボランティアの支援を必要としています。
「足りている」なんて確実に誤報です。

被災地に行くのは、健康な身体とちょっとした行動力があれば誰にでもできること。
少しでも気になった方は、石巻にがっつり人脈を作ってきたので
ぜひ次回ご一緒しましょう。合わせて、Fly-Pandaの活動も宜しく!

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we are マッドバスターズ!!
posted by おときたしゅん。 at 04:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月12日

GW被災地支援 -石巻マッドバスターズ前編-

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「うわー真っ黒!南国でも行ってきたの??」

土方焼けは男の勲章。
どうも、オトキタです。


お知らせの通りGWは十日間、東北に滞在しておりました。
そしてその後半は移動日含めてあしかけ5日間、宮城県石巻市で
ボランティア活動に従事して参りました。


見てきたこと、やってきたこと、感じたこと、考えたこと。
あまりにも大きくて、あまりにも複雑で、あまりにも衝撃的で。


気持ちの整理がまだできていない部分もありますが、
被災地支援に向かいたい方への参考になればと思い、
備忘録をアップさせていただきます。


まー色々と重たい話しもあったんですが、
暗くなってもしょうがない!ってことで、前編の今日は
くだけた日記調でお送り致します。

写真満載、長くなりますが、興味のある方はどーぞ。


--


【活動場所の決定 –宮城県石巻市へ-】


連休前、どこのボランティア情報を見ても

「連休中は募集停止」
「県外からの受け入れは行っておりません」

とのこと…。

しかし、必ずニーズはどこかにあるはず!
この広域災害で、人手が「足りている」わけがない!


そう考え、当初は人が少なそうな(東京からアクセスの悪い)
岩手県北部の被災地に支援活動へと飛び込むつもりでした。
しかしながら、先発隊で被災地に入っていた奈良さん、平くんから

「石巻、いくらでもやることがあるぞ。
 テントサイトも駐車場も余裕。とにかく来るべし!」

との情報。
正直、石巻市に対しては


「テレビでも報道されている、いわゆる『メジャー』な被災地」
「アクセスも良いし、さすがにここはボランティアも『足りてる』んじゃないの?」


といった認識でした。
なので、奈良さんたちの情報にも半信半疑。

それが木っ端微塵に壊されることになるとは、
このときの自分は思いもしなかったのでした。


【5月3日】


《仙台市内の様子》


5月3日、東北観光弾丸ツアーのメンバーと仙台で別れ、
東京から俺の車を持ってくる大学同期の倉石、
そしてその小学校時代の同級生の原くんと合流。

壮絶な渋滞に巻き込まれている東京組を待つ間、
仙台市内の商店街や百貨店を散策。


仙台市内は、一見すると本当にいつも通りの光景でした。(普段をあんま知らんけど)
百貨店内なんか、節電をしている都内のお店より明るいくらい。

ただ、目抜き通り沿いの建物にも、
崩れて立ち入り禁止になっている建物がチラホラ…

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合流後、仙台の先輩の家に立ち寄りお話しを聞いたのですが、
2階が傾いていたり、ドアに隙間ができていたり。
震災の傷跡はまだまだ残っている模様。

差し入れを色々ともらい、奈良さんたちが待つ
石巻専修大学のキャンパス(ボランティアの拠点)へ。
明るいうちに着きたかったが、日もすっかり落ちた夜にキャンパスに到着。


《石巻テントサイトにて -マッドバスターズ誕生-》


テントサイトや駐車スペースの混雑を直前まで心配していたが、
テントや車の数は多いものの、まだまだ余裕がある。
合流した奈良さんから色々と現地の話しを聞き明日からの行動計画を練る。


「マッドバスターズ(泥かき部隊)の活動がマジで熱い」
「ここまできて泥かきをしないのは漢ではない」
「泥かきをしよう、なっ!」「や ら な い か」


など、断ったらその瞬間に掘られそうな勢いだったので、
泣く泣く翌日からマッドバスターズに入隊することを決意。

ヘドロ達との闘いが、幕を開ける。


【5月4日】


《テントサイト・ボラセンの様子》


宮城の朝は寒い。
テントの中で、寝袋に入っていても寒さで何度も目が覚める。
6時には起床。

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明るいところで見るテント村。
不謹慎だが、夏フェスのテントサイトのようで少し楽しい。

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ボランティア用に朝食を炊き出してくれるテントも。


朝8時半、ボランティアセンター(通称ボラセン)の受付開始時刻。
散々「ボランティア受け入れ停止」をうたっていた割に、
新規受付も普通にやっていた。

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後でわかった話しだが、テントサイトの許容量を超えると踏んで
受け入れ停止を表明したところ、想像以上にボランティアが減ってしまい、
むしろ連休前よりボランティアの人数が減ってしまった日もあったのだとか。

確かにこの辺りがお金を払って契約するビジネスと違い、
善意で来る人の人数は調節できないので難しいところだが、
それにしてもHPではリアルタイムで状況などを更新できないものだろうか…


ボラセンで受付を済ませてワッペンと保険証をもらい、
奈良さんが予め人脈を作っていたNPO「アモール」の活動に合流。

この団体は主に浸水してしまったお宅の泥かき、泥だしを
担当している団体で、仕事内容が比較的単純なことから
「ニーズ表」を渡されて、それぞれが担当の民家に向かう形式。


「君たち、(車で)自走できる??」
「ハイ!」
「じゃあ、5人1組になってこの地図のお宅に行ってきて」

「あの、車はどこに停めたらいいでしょう?」
「…この辺りにあるコンビニにこっそり停めさせてもらって」
「…なるほど。」


ボランティアの人数がたくさん来ても、それを運ぶ車、
車を停めておくスペースが足りないことを早くも痛感。


《大街道地区の民家へ》


指定された「大街道」という地域に向かうと、
そこには凄惨な光景が広がっていました。


石巻市の比較的内陸部は道路が凸凹なのを除けば
比較的普通の光景で、商店なども営業を再開していましたが、
やはりここでも道路一本、数十mが明暗をくっきり分けていました。

大街道地区に入った瞬間、潮と腐臭が混じった鼻につく刺激臭。
どこを見渡しても目に入るひしゃげた車、瓦礫の山々。
そんな中、被害のなかった二階部分で暮らす民家の人々。

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まず思った最初の感想は、

「二ヶ月経った今でも、こんな状態なのか?!」

でした。
4月上旬に南三陸町を見ていましたから、
完全に津波を被った街は壊滅していることはわかっていました。

しかし、2メートルほどの津波が襲ってきた地域でも、
ここまで復旧が進んでいないとは…。早くも陰鬱な気分になりながら、
今日担当する民家へと到着。


仕事内容は至って簡単。
床を剥がしてくれる別働隊がいるので、
剥がしてくれた部分から床下に溜まった「ヘドロ」を掻き出すこと!

波が引いたあと残った大量のヘドロ。
これをそのまま夏場まで放置しておくとどんどん腐敗が進み、
形が残った家にも住めなくなってしまう。なので、これが時間との闘いなのです。

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ちょっと見にくいけれど、色が変わっているところまでが
津波に浸水していた部分。このお宅自体が少し高いところになったので、
この地域は約2メートルほどの津波が押し寄せてきたようです。

そしてその津波が完全に引いていったのは、なんと3日後。
そりゃあ家の中も床下もぐちゃぐちゃになるのは道理です…。

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床下に5センチ以上も積もった、
重くて臭いのキツいヘドロを無心に書きだしていく。

「うおおお!被災地のために頑張る俺は格好いい!
 見よ必殺、スコップファイナルバスタァァァァ!!」


-6時間後-


心と腰がへし折れる。

何が大変って、慣れない作業や重たい土嚢もそうだけど、
夜あれだけ寒かったのに体中びっしょりになるほどの暑さ!
こりゃあ真夏に作業したら、本気で死人が出るんじゃないかと思う。


一緒に作業していたのは、長野県から来たという
おそらく60歳以上でリタイア済みのおじさま方。
大工道具を使いこなし、軽々と床板を剥がしていく。

普段から大工でもしているのかと思って尋ねてみると、

「いやいや、単なる山岳仲間の集まりだよ」
「田舎に住んでるおっさんは、何でも出来るんだよ」
「都会もんは、床板の一枚も剥がせないなんて大変だなぁ!」

いやいや、普通床板は剥がせませんて。
しかし、こういう時に技術があるのは心底羨ましいなぁと思う。
もっと被災地の役に立ちたいものね。


大体朝9時から始まり、4時頃に作業を終了して
スコップなどの道具を清掃、片付けて撤収。
作業のハードさを考えると、実働6時間がやはり限界だと思う。

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この日書きだしたヘドロの量。
おつかれさまでした。


《日和山公園へ》


テントサイトへの帰り道、
平くんの案内で

「高台にある公園で、石巻市内が眼下に見渡せる。
 こういう言い方もなんだけど、ちょっとした観光スポットになっている。
 色々な考えはあるけど、やっぱり見ておくべきであると思う」

と言われた日和山公園に立ち寄ってみる。

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復興の気配すら見せない沿岸部。
おそらく、政府の施策で当分住むことはできなくなる。
それでも直視できる光景が戻るまで、あとどれくらいかかるだろう。

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二ヶ月経っても水位が下がらず、
本来陸地であった部分も浸水している。


5人がかりで、一軒の民家の泥かきすら完了できなかった
我々個人の力は、こんな光景を前に圧倒的に無力。
ただただ、無力だった。


《自衛隊風呂入浴体験》


心身ともにヘトヘトになってテント村に帰ってくると、
那須塩原温泉からきたボランティア団体が
うどんとそばの炊き出しをやっていました。

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ありがとう那須塩原市。
今度のアサシンズ(温泉)ツアーはここにするよ!

お腹を満たした後は、奈良さんの案内で
ボランティアも利用できる自衛隊による入浴支援
通称「自衛隊風呂」へ。テントサイトから車でおよそ10分程度。

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松戸基地の部隊が運営しているから
「松戸の湯」と言うそうです。こんな迷彩柄ののぼりまで作るなんて
自衛隊もなかなかお茶目ですね!でもやっぱりピンクとかじゃダメなんだろうな。

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自衛隊風呂のテントの中はかなり大きくて、
待合所、脱衣所、入浴場の三つで構成されていました。
入り口で番号札を渡され、中が空くと番号が呼ばれます。


中の様子は当然写真には撮れなかったのだけど、なかなか面白い。
真ん中にでっかいビニール(?)の浴槽があって、
その周りに椅子を並べてみんな桶でお湯をすくって身体や髪を洗う。

んで身体を洗い終わると、その浴槽の中に入ってあったまるという、
かけ湯と入浴湯が一緒になった実に合理的(?)なシステムです。

「他人が入ったお湯で頭を洗うなんて!不浄!野蛮!」

なんて人には向かないお風呂ですが、
そんな人間はボランティアに来ないし被災地にもおらんわな。


脱衣所にも入浴場の中にもガチムチの自衛隊員がおり、
困っている人がいるとすぐに駆けつける実にホスピタリティ溢れる入浴支援。
出口では冷たいお水とお菓子までもらえちゃいます。

出入口の隊員に厚くお礼を行って帰還。


日が落ちると寒くなる石巻市では、
テントに引きこもる以外さりとてやることもない。
日中、一緒にマッドバスターズをやった阿部ちゃん(♀)を交えて談笑。


「東京から女の子一人できたの?!凄くない?」
「テントとか野外生活とか、怖くないの??」
「えー、でもアフリカで半年くらいサバイバル生活してましたから(しれっ)」


うーん、ボランティアに一人でくる女性は逞しいですねえ…。

テント村の消灯時間は23時。
慣れない作業で力尽き、自衛隊風呂で温まった我々は
消灯と同時に驚くほどの速さで眠りに落ちたのでした。


--


さあ、前半の日記でこの長さ!
まだカステラもボスヘドロも出てきてない!

ってことで、次回に続く(のか?)。
posted by おときたしゅん。 at 01:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月11日

被災地支援:4月9日 南三陸町活動報告(後)

前編はこちら↓
http://otokita.seesaa.net/article/195332742.html

【メイクアップ、ネイルケアサービス】


志津川中学校に戻り、支援物資の受付にいた方に

「やっぱり、ここで美容ボランティアをやらせて下さい!」

と頼むと、

「大丈夫だと思います。一応、行政のトップに許可を取って下さい」

とのこと。
入り口にある行政の本部テントで
今回の企画趣旨を説明すると

「ああ、では迷惑のかからない程度にやって下さい…」

と、冷たいわけではないけれど
かなり感覚が麻痺してるような返答でした。
これに激しく違和感を感じながら建物の中へ。


校舎の中に入り、どこでどのように
実施しようか思案していると、先ほど物資倉庫にいた
みおちゃんがやってきてくれました。

「どこを使っていいのかわからないんだけど、
 本部の人に聞いて許可を取ってきた方がいいかな?」

と尋ねると、

「本部の人になんか聞いてもダメだよ!
 ここと廊下の机と椅子使っていいから。あと、みんなお昼食べてるけど
 準備ができたら一緒に宣伝に行ってあげる!」

と、非常の頼もしい返答(感涙)。
みおちゃんの絶大なる協力を得て、
午後1時前にプロジェクト『美』、スタート!

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弊社の美容部員さんが個人的に提供してくれた
プロ仕様のメイクボックス。

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あまり若い方はいなかったのですが、
最高で82歳のおばあちゃん(写真手前)まで
爪のお手入れやメイクアップのサービスを受けてくれました。


一番人気があったのが、ネイル。
高齢の方はメイクされるのは抵抗がある方も多いし、
高校生位の娘たちは(東京の子どもと違って)メイクは未体験。

でも爪は気軽にできるし、見た目も綺麗なので
興味津々らしく、メイクは嫌がっても

「爪だけなら、ぜひ!」

という女性はたくさんきてくれました。
ネイリストの友人、めけのアドバイス通り
ちゃんとリムーバーも全員にあげてきましたよ!


また、メンバーのかるぴすのアイディアで

「メイクやネイルしてあげた後、チェキで写真を取ってあげる」

というのもかなり好評で、
写真をその場であげたこともとても喜んでもらえました。


また、メイクを手伝えない男性陣は手持ち無沙汰だったので、
前日に中村さんから現地が欲しがっていたと聞いて急遽持ってきた
DVDプレイヤー替わりのプレステ2を共有のビジョンに接続。

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ドラえもんやらハリーポッターのDVDも6枚ほど提供。
少しでも気分転換になってくれると良いけど。

またメイクサービスをするスペースでは持ち込みスピーカーから
音楽をかけていたのですが、

「テレビ以外で、まともな音楽を聞けたのは久しぶり!」

との声もあり、本当にこうした
娯楽グッズが足りていないこともわかりました。
何か聞きたい曲がないか聞くと、若い子はみんな

「嵐!」「AKB48!」

で、国民に愛される2大グループまじでパネェっすw


【テレビ取材】


公的な被災地には必ずNHKの職員が張り付いているらしく、
「美容のボランティアにきた」というと興味津々の様子。

「本社も興味を持ってくれるのでは?」
「でも、建物の中の撮影は厳しいんだよな…」
「中継でコマをとれれば…」

など、なにやら小声で話し合っている(笑)。

結果的に、15時台のテレビニュースで中継のコマがとれたらしく、
NHK東北で1分半程度、活動の様子を報道してもらえました!
東北地方以外には、残念ながら映らなかった模様…。

僕のインタビューも流れたっぽいんですけど、
おばあちゃんにリップの色を選んでいる時に中継始まったから
テンパって変なことを言ってたような気がします(;´д`)トホホ…


ちなみに余談ですが、
中継が決まって打ち合わせをしていると
若そうなNHKのディレクターから

「もしかして、というか、オトキタさんですよね?」

と話しかけられる(爆)。
なんと、早稲田の2コ下で便利舎(企画サークル)だったらしい。

世の中って狭いね!
NHKの現地での裏話も色々と聞けましたw


【人々の様子とか】


あまり年齢の近いボランティアが来ないからか、
中学生〜高校ぐらいの子どもたちととても仲良くなりました。
ボランティアやっていた間ずっと、周りにいて宣伝してくれていたり。

その中の、13歳のRちゃんが
携帯をいじっていたと思ったら急に飛び上がって一言。

「やったー!今、彼氏ができたのっ!!」

異常に盛り上がるその場一同!

「えーすごいっ!」
「◯◯先輩だよねっ!なんてメールきたの?!」
「おめでとー!いいなぁいいなぁ!!」

そんな大騒ぎを聞きつけて、
教室から出て様子を見にくるRちゃんのお父さんお母さん。

「なんでもないから、あっちいってー!!」

その後、1日中Rちゃんは顔を蒸気させながら
幸せそうにしていて、なんとなく場の空気もほっこりして
癒しの空間が醸成されましたとさ。


ちなみに、Rちゃんは携帯が流されてしまい、
5人家族で一台の携帯電話を共有しているとのこと。

だから男友達や彼氏(に今日からなった人)からメールが来ると、
読んでほっこりした後にすぐ消してしまうそうです。

こんな苦労も、被災地ではあるのだなぁと。
いいことも悪いことも、本当に行ってみないとわかりませんね。

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仲良くなった現地のコたち。
みんな明るくて、ほんとうにしっかりしていた。


【行政への憤り】


救援物資が配られないとか、規則ばかりで硬直しているとか
非難の絶えない行政の態度ですが、僕はこんなことを目の当たりにしました。

僕らがメイクやネイルが終わった人の
写真を撮っていると、おじいさんが凄い勢いでやってきて一言。

「おめえらかっ、写真撮ってるのはっ!!」

その剣幕と東北弁から、怒られるのかと思いましたが、
話を聞くと自分の奥さんの写真を撮って欲しいとのこと。


「今回の震災で、奥さんが障害持ちになってしまった。
 障害者登録をするために行政に問い合わせたら、必要な書類と一緒に
 4×3の証明写真を2枚同封して仙台市役所に送れと指示された。
 全部流されて、写真なんかあるわけない。どこで撮れっていうんだ!」


瓦礫の山となった街に、証明写真機なんてあるはずがない。
写真が残っていたとしても、定規がないからサイズなんて測れない。

そういうことにまったく想像力を及ばせず、
こういう指示が出せる行政にはやはり疑問を抱かざる得ません。


ポラロイドで認められるかはわかりませんが、
念のため4枚ほど写真を撮り、iPhoneで定規アプリをダウンロードして
4×3のサイズに切ったものをあげてきました。スマートフォンは神。

役所に無事受理されることを祈るばかりです。


【バイバイ、志津川中学校】


志津川中学校で避難生活をしているのは現在、120人ほど。
地方への集団避難が始まり、随分少なくなったようで
一時期はこの3倍以上の人数が寝泊りをしてたとのこと。

「学校も再開しなければいけないし、
 この避難所も長くて4月末まででしょうね」

だそうです。
また、あるおばあちゃんからは

「一週間前だったら、まだ若い女の子もたくさんいて、喜んだだろうねぇ…」

と言われ、もう少し早く来れれば…と忸怩たる思いも感じました。


仲良くなったみおちゃんたちとの別れを惜しみながら、
再会を誓って校舎から出る。

「少しは、現地に貢献できたかな!」

そういう気持ちを持って校庭を曲がると、
小高い山の上にある敷地からは眼下にこの光景があるわけです。

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なんだかこの瞬間が、一番ぶわっときました。

校舎の中で明るく話していて忘れていたけど、
あのコたちは毎日、ここからこの光景を見てるんだ。
あのコたちは、こういう現実の中で毎日を生きてきたんだ。

そして、これからも。

そんな人たちに僕らは、たった1日のボランティアで
どれだけ貢献できたというのだろう。これから、どんな貢献をしてあげられるだろう。

複雑な想いを胸にしながら、僕らは南三陸町を後にしたのでした。



--


最後は少ししんみりしてしまいましたが、
今回の計画に賛同して下さったみなさま、
改めて本当にありがとうございました!

予想以上にたくさんの方から支援物資をいただき、
何年も会ってない人やtwitterで知らない人からも支援をいただき、
本当にネットの力や皆さんの被災地に対する思いを感じ取れた活動でした。


それにしても、ボランティアは本当に難しい。
行政がうまく機能してないことは確かだけれども、
そうかといってこのように個人で動くことがどこまで許されるのか…

ボランティアに関する自分の意見は、
日記を改めてまた必ず書きます。


ともあれ、今後ともなんらかの形で「美」を通じた
被災地支援は続けていくつもりです!むしろ、これからが勝負。

今回は一緒に行けなかった方々も、ぜひ次回は一緒にやりましょう。
メイクや美容の技術云々より、大事なのは「人間力」だと今回痛感しております。

そして急で無茶苦茶な計画にも関わらず、現地での苦楽を共にした
よーたくん、かるぴす、ちあ、あやねにスペシャルサンクス。


色々考えることも失敗もあったけど、今回は本当に、行ってよかったと思ってます。
被災地でも美は求められるし、愛だって生まれる。
テレビニュースやtwitterでは、わからないことばっかりでした。


1日でも早く、被災地の方々が
美しく健やかな笑顔で過ごせる日常を取り戻せることを。

震災から一ヶ月後の日に

オトキタシュン
posted by おときたしゅん。 at 17:39| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

被災地支援:4月9日 南三陸町活動報告(前)

皆さんから絶大なる協力を得まして、
被災地、宮城県南三陸町へ

「メイクアップを通じて、美と笑顔を提供する」

プロジェクト『美』(勝手に命名)が、無事終了致しました!
その結果と、現地の様子をご報告させていただきます。


まず初めに、今回の被災地行きの提案者である
辻社長、よしもとさんに、現地到着の遅れと連絡の行き違いにより
多大なご迷惑をかけてしまったことをお詫び致します。

大変、申し訳ありませんでした…


では、ここからは時系列に沿って、写真付きで。


【4月8日晩】

がっつり残業を終わらせ、車を回収に実家へ。
少しでもモノが積めるように車内を片付けてくれていたり、
ガソリンを満タンにしておいてくれた両親に感謝感謝。

21時過ぎごろ、メンバーたちと自分たちで集めた&皆さまからいただいた
支援物資の仕分け作業を開始!

ありがたいことに仕分けをしながら次々と
物資を持参して下さったり宅急便が届いたりするので、
ダンボールの大きさを調整したり数を数えたりするのに四苦八苦。

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「まとまった数を、一つのダンボールに一種類」

が支援物資の大原則ですが、これがなかなか難しい…
化粧品という属性柄、どこに分類すればいいのかわからないものもあるし…
何事も、やってみないとわかりませんね。

「とっとと仕分けぐらいして、被災者にもの配ってやれよ」

とか軽々しく行政に文句を言えなくなってしまいました(苦笑)。


0時過ぎ、皆さんの善意が一つに!

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車の中がパンパンだぜ…
午前1時過ぎ、南三陸町に向かっていざ出発!


【南三陸町到着、物資受け渡し】


うっかり下道に降りる出口を間違え、
壮絶に道に迷うというアクシデントがあったものの、
予定から遅れること約2時間で現地に到着。

途中までの市街地は、電柱の傾きや瓦の崩壊などが見られるものの
一見すると普通の街並みと言えなくもない。

「本当にこの先に、ニュースで見たような光景があるのだろうか…」

と思いながら車を走らせていると、
本当に「突然」景色が変わるポイントがありました。

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ただただ、絶句の一言…
あまりの非現実感に、今だって気持ちは消化できていません。

自衛隊が整備した一本道を走り、
まずは個人ボランティア活動家の中村さんに情報をもらい
物資の届け先として薦められた「志津川中学校」に。

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卒業式は、行われたんだね…

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周りはすべて流されているのに、
何故か残った学校の学訓が記載された石碑。
存在感と重みを感じます。

小高い丘の上にある志津川中学校の敷地に入ると、
支援物資の受付窓口が設置されていました。

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ここで積極的に働いていたのが、
なんと高校一年生の女の子、みおちゃん。

化粧水、美容液ですと言って渡すと

「やった!これ、みんな欲しがってたんです!!」

と大喜び。
ニーズ調査のため、他に必要なものはないかと聞くと

「一番欲しかったものは、今もらえましたよっ!!」

とまで言ってくれて、
本当に持ってきた甲斐があったと感動。
お役にたてて良かった!

ちなみに今回渡したものをもう一度整理すると、


・化粧水
・美容液、保湿クリーム
・ハンドクリーム
・リップクリーム
・顔、身体の拭きとりシート
・メイク落とし
・コットン
・鏡
・DVDプレイヤー替わりのプレステ2←


以上です。
どれも喜ばれましたが、
鏡なんかは本当に一枚もなかったようです。

少し物資倉庫を覗いたところ、
お米や豆などの食料品は

「一生かかっても食えないんじゃない…?」

というくらいたくさん、天井近くまで積み上がってましたし、
タオルや毛布などの「一次救援物資品」も数多くある様子でした。
やはり、需要と供給の乖離が著しい時期にきていることを痛感します。

もちろんまだ食料すら満足には行き届いていない「孤立避難所」も
ある可能性はありますが、少なくとも行政に指定されている学校や公民館などの
公的避難所では、一般的な支援物資は溢れているようです。


色々と話しを聞かせてくれたみおちゃんたちにお礼をいい、
今回の支援イベントの本体が行われているベイサイドアリーナへ。


【ベイサイドアリーナ】


「自衛隊やボランティアも多くて、人がものすごい。
 一つの街みたいになってるよ」

とみおちゃんに教えてもらって着いたベイサイドですが、
本当に凄いことになってました。広大な駐車スペースはすでに満杯。

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でっかいビジョンは設置されているし、
夜になると野球場の照明みたいなのが点灯されます。
建物の中は冷暖房完備。

ただ、避難している人は廊下にまで溢れて
それぞれダンボールで仕切った床に寝泊りしている感じで
プライベートなんて夢のまた夢の世界でした。空気も濁っています。


遅れてきてしまったので野外に居場所がなく
(雨だったのでスペースが限られていた)、
たい焼き屋台などの企画が盛り上がるのを横目に

「こちらはこれだけボランティアがきて、盛り上がっている。
 それに比べて志津川中学校は本当に閑散としていた。
 僕らが必要とされているのは、ここじゃないんじゃないか…」

そうメンバーの誰もが感じ、
急遽メイク企画を行うのを志津川中学校に変更することに。

実はこの時、辻社長やよしもとさんは企画をやるスペースを
予め押さえていてくれたそうで、人ごみの中でそれを発見できず、
また連絡を取らずに勝手な判断をして好意を無にしてしまいました。

これは深く反省。。


そして志津川中学校に戻り、ようやっと美容ボランティアを
開始するわけですが、長くなってきたので次回に続く。
posted by おときたしゅん。 at 17:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月06日

【美容救援物資求ム】被災地、南三陸町に行ってきます!

ボイスにもつぶやいた通り、突然ですが今週末
宮城県南三陸町に日帰り弾丸日程で行ってくることになりました!
とある社長さんがやっていらっしゃる支援活動に便乗です。

こうちゃんねる
http://ameblo.jp/kc1/

被災地への物資支援などを継続的に行っていた方のブログです。


南三陸町は生活物資は届くようになったものの、
電気ガス水道のライフラインはまだ壊滅状態。

避難所にいる方々は長く続く過酷な避難生活に疲れ、
場所によっては悲壮感が強くただよっているそう…
特に娯楽や楽しみは皆無で、とにかく明るい出来事に飢えていると。


そこで、避難所に笑顔を届けたい!
一日だけでも、被災したことを忘れさせてあげたい!

そんな想いからこの社長さんは

「南三陸たい焼き大会@志津川小学校」

を企画されたそうです。
プロの機材を持ち込んで、1日がかりで
避難所の方々にたい焼きを焼いてあげようと。


この企画が話題を呼び、
あれよあれよと膨らんだ模様でして。


横浜の大道芸人集団やミュージシャンにダンサー、
「どこまでも飛ぶ紙飛行機」が作れる元自衛隊員などなど
ありとあらゆるエンターテイナーが集結。

とにかく被災地の方を元気づける、
総合エンターテイメント1day企画に昇華したと、
こういうわけなのですね(多分)。


んで何か被災地支援ができないかと
首をひねっていたあたくしはこの関係者のブログにたどり着き、

「被災地を元気づけられるアイデア、参加者募集!」

という募集を発見。


被災地の方々にメイクアップをし、美と笑顔を提供する


という企画を提案したところ、
採用されて同行できることになりました。


ってことで美容部隊を引き連れて、
美と笑顔を届けにちょっくら宮城まで行ってきます!

そしてせっかくなので、積めるだけ物資を積んでいきます。
とはいえ、普通のワゴン型乗用車では大した量は積めないし、
「必要最低限」のものは行政や有志団体がすでに運び込んでいる模様。

なので僕は、美容系のものに限って持っていこうと思ってます。

しかしながら、個人の力では集めるのに限界があります。
個人的なストックに加えて今日も薬局と100均を2、3件全滅させてきましたが、
500人の避難民の方々に行き届く量にはとてもとても届きません。


そこで、直前ではありますが、
皆さんからの救援物資も募集させて下さい!

協力して下さる方は

4月8日(金) 21時〜24時の間に

【受付終了したので住所削除】

に救援物資を持参下さるか、宅配便時間指定で送って下さい!
この時間の前であれば、自宅ドアの前に積んでおいてもらってもOK!
(宅配便は受け取れないから無理ですけど)



募集品目は以下の通りです。
これ以外のものは今回受け付けられませんので、ご了承下さい。


・リップクリーム
・ハンドクリーム
・化粧水
・美容液、乳液

・メイク落としシート
・洗顔シート
・ボディ用ふきとりシート
・コットン

・水を使わないシャンプー
・水を使わないクレンジング用品


以上です!
水が通っていないのが前提の物資となります。

高いものでなくてかまいません。100円均一にたくさん売ってます。
今日回った感覚から言うと、これらの美容商品は買い占めと無縁なので(笑)
一軒でそれぞれ10ケくらいずつ調達できました。

皆さまから提供された美容物資は
責任を持って現地までお届けします!
ご協力下さる方は、ぜひともコメントかメッセージを下さいませ!


--


正直、現地に行くのはあらゆる意味で不安です。


道に迷って、現地にすらたどり着けないんじゃないか。
準備不足で、行っても足を引っ張るだけじゃないのか。
実は自分自身、単なる「怖い物みたさ」のやじうま根性なんじゃないか。

本当に現地の役に立てるのか。
「そんなものいらない」「メイクなんてしてる場合じゃない」と追い返されやしないか。
偽善者でカッコつけのナルシストだと思われやしないか。(合ってるじゃねえか)


でも、行ってみると決めました。
思いつきでも、失敗するかもしれなくても、
やれることは全部やってみようと思いました。


最後に、自分の行動を後押ししてくれた、
「ふんばろう東北支援プロジェクト」
主催者の方の言葉をご紹介させて下さい。

早稲田大学大学院(MBA)専任講師
西條剛央 https://twitter.com/#!/saijotakeo


「行くべきです。今しかないです。」

「僕は今回自分にできることはすべてやると決めました。身近な犠牲者のためにも、それを哀しむ家族のためにも、そして自分自身のためにも、できることはすべてやると決めました。」

「僕らはこれはできないとか決めているだけです。できることはいくらでもあるのです。絶望の底に立たされた被災地の人が前を向いて歩こうとしているのです。すべてをもっている僕らは何でもできるはずです。」


この方は本当にアクティブに活動されています。
GWにボランティアを考えている方は、一度ブログを覗いてみて下さい。

「ふんばろう東北支援プロジェクト」のボランティアの募集
http://plaza.rakuten.co.jp/saijotakeo0725/diary/201104050000/


いやーほんと、やれることは全部やるしかないですよ!
もちろん、「やれること」の中には普段の仕事も入ってます!手を抜きませんよ!

そして遊びやチャリティーイベントだってやります!
10日の早朝帰ってきて、そのまま花見の準備します。
こちらも参加者まだまだ募集中!→ http://bit.ly/gi7xEE


ふんばろう東北。ふんばろう日本。
皆さまのご協力や暖かいメッセージ、お待ちしております!
いや、オトキタさんに抱かれたいだなんてそんな(ry


【追記】

美容スタッフ、まだ1名募集しております!

@他人にメイクができて
Aメイク道具一式を持参できて
Bやる気と体力に満ち溢れている方

メッセージかコメント下さい!
こちらも宜しくお願い致します。
posted by おときたしゅん。 at 22:42| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月29日

三宅島のメリークリスマス!

というわけで行ってきました、今年のクリスマスイベント

「三宅島のメリークリスマス!」

結論:三宅島最高。

そんな三宅島の魅力を余すところなくお伝えすべく、
本日記は写真たっぷりでお伝えしていきたいと思いまーす。
クリスマスを楽しめなかった人も、この日記でクリスマス気分を味わってNE!


--


【出航-船内】


上司に

「今宵、三宅島に向けて出航します!」

と力強く宣言し、定時に会社をエスケープ。

ギリギリまで仕事と闘うもの、スーツ姿で現れるもの、
元々ニートだったもの、なぜか自転車を担いで現れる植松など
思い思いの面子が22時前に竹芝桟橋に集合。

船内に入ると、早速用意したサンタ&トナカイの衣装を装着。
なお、自転車の持ち込みは無料でした。すげーな東海汽船!

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何コレ超楽しい。

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船からレインボーブリッジを見つめるトナカイ集団&サンタ。
シュールww


船内での評判も上場で、

「何かのイベント?」
「コンパニオンの方ですか?」
「芸やってよ、芸!」

など、早速色んな人に温かいツッコミを受ける。
サンタの芸って何?

0時にクリスマスの瞬間を迎え、就寝。
ちなみに船内は、思ったよりも人がいました。
みんな、何しに行くんだろうね??


【サントナゲーム開始】


朝5時、まだ真っ暗な三宅島に、サンタとトナカイの集団は降り立った。
送迎にきたホテルの人が一言。

「…すごい格好ですね」

そうですね。。

日が登るまで仮眠を取り、サントナゲームの準備開始。

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旅とゲームのしおりをたまちゃん&茂原が作ってくれました。

逃亡する側のサンタチームをご紹介。

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自転車サンタ:植松

三宅島まで自分の自転車を担いでやってきた残念なサンタ。
急勾配な道と海風との戦いが、いま、始まる!

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バイクサンタ:栗田

なお、レンタバイク屋のおっちゃんはノリノリで

「その格好で乗るのか!いいねえ!」
「じゃあ、ヘルメットは赤いの探してやるよ!」

と非常に好意的でした。
しかしながら、

「あ、ガソリンが減ってるな。足しておくかー」

といいながらどこかに消え、ガソリンが満載された
大五郎のペットボトルを持ってくるあたり、次に火山が噴火したら
真っ先に吹き飛ぶのはこのバイク屋で間違いないと思います。(ガソリン引火的な意味で)


一方彼らを追うトナカイチームはこちら。

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なんかすげー楽しそうなケモノたち。
ちなみにオトキタはこっちチームのドライバー。


12月25日朝10時、聖なる日の朝に
史上最強にアホらしい鬼ごっこが始まった!


-完- 〜オトキタ先生の次回作にご期待下さい〜


【観光】


ひとまず適当に逃げたサンタは置いておき、
観光に励むトナカイチーム。トナカイスーツの威力や恐ろしく

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どんな場所に行っても場の空気がほっこりするという特性があります。

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サタドー岬に、ポツポツと佇むトナカイたち。
ちなみにこの岬、観光地として未成熟すぎるため、
あっさり危険地帯や立ち入り禁止地区に迷い込めます。何このトラップ。

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あれが火山だよ、パパ。


また、通常の観光地では出会えないものに遭遇したり、
見られないものを見られるのも三宅島の魅力であります。

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火山ガスを測定するだけの、簡単なお仕事です。
※ただし、勤務地は三宅島に限る

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火山の頂上付近に向かうと、こんな看板が立ちはだかります。

実は車なら無視して進むこともできるらしいのですが、
山頂付近の牧場跡の廃墟が怖すぎてマジ先に進む気が起きませんでした。

また、観光地に必ずある看板に

「ルールは守りましょう!」
・ゴミや吸殻は持ち帰りましょう
溶岩は持ち帰らないようにしましょう

と書いてあるのも、世界広しと言えど三宅島くらいではないでしょうか。
そんなわけで、三宅島の溶岩はお土産にできません。みんな気をつけろ!


風光明媚で楽しい観光地もあれば、
この島のつらい歴史がわかる痛々しいスポットもあったり。

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溶岩で埋まってしまった神社。
かろうじて鳥居の頭だけ出ている光景は衝撃的。

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1983年の大噴火で、半分以上埋まってしまった元4階建ての学校。
観光用の遊歩道からは、教室の中まで覗くことができます。

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この溶岩の下に、村が丸々埋まっているのです。
信じられる?

こうしたスポットを巡っている時だけは、
クリスマス気分で浮かれていたトナカイも神妙になったものでした。


【で、サントナゲームは…】


こんな観光もしながら、ちゃん鬼ごっこもしてました。

ツイッターでサンタが位置情報や写真などをアップして
ヒントを与えながら逃げる本企画。圏外が多くて苦戦するも、
自転車サンタは昼前に急な坂道に苦戦しているところを見事に捕獲!


どうしても機動力の高いバイクサンタが捕獲できず、
ゲーム終了直前の夕方。サンタがアップした画像から、島内唯一の
温泉施設に潜伏している可能性が高いと踏んだ我々トナカイチーム。

温泉施設「ふるさとの湯」に車を入れ、
入り口付近で中の様子を伺っていると、受付の人がニコニコして一言。


サンタ、入ってますよ!


テラ親切ww
つーか、サンタ風呂入んなよ!入るなら煙突から入れよ!

で、入り口付近で待ち伏せし、

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風呂上がりのサンタに激しくタックルをかまし、
見事御用と相成りました。めでたしめでたし!

このツイッターを使いながら、島全土を範囲にしてやる
サントナ(どろけい)は、意外と面白いし探し甲斐があります。
なんかの機会があればぜひやってみて下さい。なんかの機会?


【島民たちとのハートフル・コミュニケーション】


なお、本当にサンタとトナカイの格好は三宅島で大人気で、
島民たちの暖かさが身に染み狂いました。


道路沿いを歩いていると、わざわざ車を減速させて
満面の笑みで手を振ってくれるかなり高齢なおばあちゃん。


「おまえら、なぁんでそんな格好してるんだぁ?」
「今日、クリスマスなんで!」
「あぁ〜!(納得度120%)」

という素朴な会話をしてくるおじいちゃん。


「せっかくだから、写真撮ってよ」と持ちかけてきた

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三宅高校の校長先生とそのご一行。


夜のレストランでは、普通(?)にご飯を食べていると
頼んだ覚えのないビールが運ばれてきて

あちらのお客様からです

という、ドラマでしか聞いたことがないセリフがw
サンタとトナカイ、マジでオイシイですww

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ビールをおごってくれたファミリーの子供たちと。
ちなみにこのご家族は、昼にレンタバイクを借りた
バイク屋のおっちゃんファミリーでして、

「バイク借りてくれたらから、その御礼だよ!子供も喜んでるしな!」

と気前良くおごってくれたのですが、


レンタバイク1日:4500円
おごってくれたビール:生7杯とピッチャー一杯で6200円


そんな経営感覚で大丈夫か?


【最後までエンターテイメント】


夜、グダグダなツイキャス放送と酒盛りを終え、
スヤスヤと眠っていると。

荒れ狂う窓の外の風にまじり、部屋を激しくノックする音。
申し訳なさそうにホテルの従業員が入ってくるなり、こんな説明が。

「強風の影響で、14時発だった船が、朝6時発に変更になりました。
 この船に乗らないと、今日はもう本土に帰れません。お帰りを希望でしたら、
 5時半までに出発いただかないと行けませんが、どうなさいますか?」

現在時刻:4時45分

「激しくお帰りを希望します!」


というわけで、お土産も買えず、温泉にも入らず
慌ただしく(特に女性陣は大変…)三宅島を後にすることとなりました。

これはまた来いってことだな!三宅島はツンデレだぜっ!(違)


【おまけエピソード】


なぜか某杉山くんが26日午前指定で三宅島のホテルに
クリスマスプレゼント(差し入れ)を送ってくれていました。

が、上記アクシデントにより、杉山からのプレゼントが届いた時には
我々はすでに船上の人。

「ガンダムメガサイズ1/48 RX-78」

は、めでたく三宅島民の子供たちにプレゼントされました。
なんかもう、この人は神ですね。(凡ミスを引き起こす確率が)


--


そんなわけで、今年も誰よりもクリスマスを楽しませていただきました!
三宅島は本当に良いところだったのですが、一番印象に残ったのは
やはり島民の方々の暖かい反応ですね。

特にとある島民のおばちゃんから

「三宅島にはサンタがいないからね、本当にありがとうね」
「みんな喜ぶから、また来年も来てね!」

なんて言われた時には、毎年自己満足で行っている企画が
初めて人の役にたったのだとある種感動すら覚えました。
え、勘違い?!


いやはや、準備も大変だし、いつまでこんな馬鹿を一緒にやってくれる
仲間がいるかわからないけど、やっぱり特別な日に特別なことをやるのは楽しいものです。

バイトや仕事なんて寂しいことを言ってないで、
ちょっと踏み出せば簡単に非日常に飛び出せる、それがクリスマス。
来年も、元気に馬鹿なことができるといいなぁ…と願いつつ、


Merry Christmas & Happy New Year!







彼女欲しいなぁ(本音)
posted by おときたしゅん。 at 18:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月14日

2010'バレンタイン戦記

「オトキタさんは一度、掘られてみた方がいいと思うんですよー」

と真顔で後輩(♀)に言われました、オトキタです。
女っ気がない状態でガチホモをネタにしすぎるとこうなるんですね!
みんなも気をつけよう!(何にだよ)


さて、前回の日記で色々と手作りチョコのアイディアや
安いラッピンググッズを教えて下さった皆さま、ありがとうございました!

というわけで、今日は本年度のチョコ作りの記録をばー。
長いですけど興味ある方は下にどぞ。


《事前準備》

毎年ハンズでいいようにボッタくられている反省を活かし、
今年はラッピング専門店の「シモジマ」で必要品を買い揃えることに。
営業時間が館によって違うとのことで、早速ホームページで下調べを行う。

「定休日 日曜・祝日

な、なんというサラリーマン殺し…(# ゚Д゚)
しかし自慢じゃないが、今年の俺は本気で金がない!
ハンズなんぞに貴重な財産を投下してたまるかー!


おれ「部長すいませーん、やんごとなき事情で2/10有休とりまーす」
部長「…」


ふぅ、これでよしと。
お金以上に大切なものを失ってる気もするが、
こまけーこたぁいいんだよっ!有休は労働者の権利!

というわけで、ど平日水曜日の日中に
浅草橋のシモジマに突撃。その品揃えに衝撃を受けつつ、


・100名分くらいのラッピングクッズ
・2キロ超の業務用チョコレート
・ナッツとかシリアルなどの具材


締めて9000円ちょいで購入。
や、安い…去年とかハンズで3万近く使ったからね。。
食品や製菓もちゃっかり取り扱ってるところが便利。

というわけで上記の殺人的量の荷物を抱え、
道行くカップルに殺意を覚えながら無事帰宅。


《2/11 制作日当日》

前回、失敗やらラッピングやらで半ば徹夜になって泣きそうだった経験を活かし、
朝8時に起きて準備。9時には戦闘開始。

上記材料からおわかりの通り、
今年は「クランチチョコ」を選択(´∀` )

「焼く」という工程がないので、
意外に早く終るんじゃねぇかと期待するも、


無理ヾ( ・∀・)ノ


とりあえず一発目はてきとーに溶かして、
お酒やら隠し味やらシリアルを入れて固めてみたんですが、

・なんかシリアル感がない
・いくらなんでも形が悪すぎる
・普段甘いものを食べないので、味見してもよくわからない

などの問題に直面。
しばし途方にくれていると、早稲田在住の後輩で
今回のチョコレート作りの制作助手、かるぴす氏が登場。

流石普段から作り慣れているだけあって、
彼女が加わってから制作は一気に加速。

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ちゃんと鍋を二つ使用し、お湯を使ってテンパリング。
(あたくしは直火で溶かす男らしい制作方法を取ってました)

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ホワイトチョコは角パンを使って固め、
ダイス形にカット。

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ビターとストロベリーは、かるぴすが持っていた
ハート型容器で型を取って作成。


かるぴす以外にもご近所さんを招集し、
みなでワイワイとチョコレート制作に勤しむこと丸半日。

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可愛いチョコレートが出来上がりましたヾ(*´∀`*)ノ

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全国の販売員さんたちに送るための
大量の完成品。金曜の午前中はオフィスで
この配送作業しかしていなかったことはナイショだ。


その他、社長やらダンスチームの仲間やら
一通りおすそ分けもしましたし、今年のバレンタインも無事終了☆
…って、まだ2/13じゃねえか。しかも本命チョコもらってなーい!(存在しないから)

なんかもうチョコ制作を思いついてから3年経ちまして、
毎年毎年祝日潰してすげー不毛な気もするんですけど
まあ、楽しいからそれでいいかなと思います。俺にも愛くれー。

気せずして今年はホワイト・バレンタインデーで
窓の外は無駄にロマンティックな感じになっておりますが、
せいぜい世の中のカップルは存分に一晩中乳繰り合って下さい。

ファッキュ━━━( ゚Д゚)凸━━━ !!


--


愛と虐殺風 クランチチョコ レシピ


用意するもの:

・チョコレート(ビター、ホワイト、ストロベリーなどなんでも可)
・お好きなリキュール(ブランデー、ラム酒、ウイスキーetc)
・牛乳少々(チョコ100gに対して15ccくらい)
・ナッツ、シリアルなどの固形物。クッキーを砕くのも可。
・折れない心


1.チョコレートをお湯でじっくりと溶かす
2.溶けたタイミングで牛乳を投下
3.クランチの具材を投入してチョコに馴染むまで混ぜる
4.お酒は科学反応を起こすので、最後に少量を投入
5.お好きな型に入れて、冷蔵庫にポーン
6.固まったら、チョコを型からほじくり返して出す(これが超大変)
7.あの娘への想いを込める
8.ラッピングをしてはい、完成!


ポイント:

たぶん、チョコとクランチの具材の分量が大事。
ちょっと入れただけだと、全然クランチの良さが出ません。
チョコ:具材が3:2ないしは1:1になるくらいナッツなどの具材を入れるべし。


さあ、みんなも真似しておやつに作ってみよう!
こう思うこと間違いなし!

「買った方が早くね?」
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2009年07月27日

フジロォォク!体験記 -日本一チキンを焼いたサラリーマン編-

宣言通り、川村・東城、山谷の3バカ後輩トリオとともに
フジロックフェスティバルに行ってきたわよ!


※フジロックフェスティバル(fuji rock festival)

日本における野外音楽ライブイベントの先駆け。
広大な苗場スキー場にいくつものステージが立ち並び、
来場者は自由に移動して様々なアーティストライブを楽しむ。

3日でのべ10万人超の来場者数を誇り、最大ステージの観客数は4万人。
また、多くの来場者は会場内スペースでテントを張り、
期間中アウトドア生活を満喫して過ごす。

音楽以外にも各種飲食店やサーカスモドキの見世物小屋、
オールナイトのクラブハウスや野外スクリーンの映画上映などがあり、
音楽というジャンルを超越したまさに「大人の祭」である。


と言っても来場者としてではなく、
宣言通り知り合いのやるバーのスタッフとしてですが。

結論から言うと、


超 超 超 楽しかった


です!こんな楽しんでいいのかってくらい!
忘れないうちにこっちから日記書いておこうと思います。

3日分なんで長いですが、興味ある方はお先にどうぞ。


--


【フェス初日:過酷過ぎる雨】


前日飲み会で3時帰宅、
大宮駅6時集合という惨殺スケジュールに
1時間睡眠&タクシーを使って無理やり出発。

そして誰もいない大宮駅。

30分後、5:50には到着していた
品行方正な先輩に対して、


「あれ、6:15に集合時間変更しましたよ?
 まあオトキタさんには言ってないですけど


などと言いながら悠々と登場する後輩たち。
川村、殺す。

二日酔いと寝不足でフラフラしつつ、
まあ新幹線で寝れるだろうと思ったら


午前中一杯、新潟行きの新幹線はすべて満席。


…フジロックなめてました。さすが来場者数10万人超。。
自由席ももちろんパンパンで、デッキで揺られながら越後湯沢へ。

途中、フェス会場に前泊入りしている知り合いから、
現地は

「この世の終わりのような天気」

だという知らせが届く。
最悪のスタート。


越後湯沢駅にて、一緒に働く
バイト仲間の一部と合流。

が、そのうちの1人、
モリモリ氏(33歳、たぶん童貞)が

「乗る新幹線を間違えた」

という驚異的理由で
1時間以上待ちぼうけをくらわせてきた上、


「モリは9時到着になりそうですだよ。
 丸眼鏡の坊主頭です。添付は森の顔なり!
 (顔面アップ写メール、通称顔写を添付)」


という奇跡のメールを送りつけてくる。一同、ドン引き。
が、この通称モリモリさんは後に重要人物になる。

金曜朝入りのメンバーが揃ったところで、
お迎えのバンに乗ってフェス会場の苗場スキー場へ。


会場に着き、水曜日・木曜日あたりに
先発できていた職場メンバーと合流。

が、仕切りが悪く自己紹介タイムも何もなく、
なんか微妙な雰囲気が流れ続ける。

そんな中、バー店長から言い渡された仕事内容はー、


「後から来た人は、とりあえず仕事を見て
 なんとなくやり方覚えて!」


…やばい。これは単発バイトとかやるとき、
トップの仕切りが適当すぎて地獄になるパターンだ。
(こういうのに限ってむちゃくちゃな指示が突然来る)

しかもメンバーもバーテン経験者やキッチンスタッフ出身者
ばかりかと思いきや、ほとんどが飲食店バイト経験すらないという。

つーか誰が仕切んの、コレ?
リゾートバイトって全部こんな感じなの?

色々と疑問渦巻く中、
「café de pars」の営業スタート。

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掘っ立て小屋かと思いきや、
かなり気合を入れて作られたハコ。

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中はなかなかにムーランルージュな雰囲気です。

とりあえずフードとドリンクチームに別れ、
それぞれ

「できる範囲の手伝いをする」

という曖昧すぎる指示を受けた我々。
お酒の作り方を覚えたかったので、ドリンクチームを志望した
オトキタに与えられた栄えある最初の仕事はー、


水かき。


凄い雨でテント内に水が凄い入ってくるのよね。
まあ、飲み物(水)を扱ってるあたりがドリンカーぽっいわー。

…いやいやいや、違うだろ!
お酒じゃないから!雨水だから!

あまりの豪雨に、かいてもかいてもなくならない水。
ていうかぶっちゃけほっとけば良さそうなんだけど、
人が余ってるから無理やり配置されている感じ。


2時間くらい真面目にやっていたけど、
あまりの不毛さに職務放棄(誰も見てねーし)。

ソーゼージやベーコンを焼いている
東城や川村たちが楽しそうだったので、
何食わぬ顔でキッチンに混ざることを試みる。

「俺、最初からここにいましたよ?」

みたいなテイで、見事にポジション獲得に成功!
こういうシフトや仕事がかっちりしてない場合は
とにかくやったもん勝ちです。

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チキンを焼くぜ!

キッチンの中は、ほとんどのメンバーが初対面で
ぎこちない雰囲気ながらも、みんなイイヤツ。

ただ1人を除いては。

そう、通称「中二病患者」氏である。
(途中から影でこの呼び名が固定)


≪中二病患者氏のスペック・概要≫

・男性メンバーの中で最年少にも関わらず、全員にタメ語を叩く
・とにかく「俺はフジロック常連」であることをアピール。
 (その辺が上から目線の根拠になっているらしい)

・単なる留年生(K應大学5年)なのに、
 「もうコンサル系ベンチャーで週5日は働いている」
 と何故か偉そうに発言。

・「子どもの頃からバイオリンをやってる」
 「バンドを組んで高校生の時にはオリジナルを作っていた」
 「今はDJをやっていて数々の有名イベントで回している」
 聞いてもいないのに中二病三段活用。

・自分のipodから音楽をかけて、エアDJをやり始める
・「すいません、○○(マニアックなアーティストらしい)
 なんかかけちゃってー」とか謝り始める。
・外人の客が来ると下手くそな英語を積極的に披露

etc..


この中二病患者氏の態度に
まず東城と山谷が激ギレ。

「俺らももう25歳だしなー」
「初対面の人同士は基本敬語だよな」

等々、本人に聞こえるように話し始めるも、
中二病患者氏にはまったく効果なし。
今後3日間、この中二病患者氏はネタを提供してくれることになる。


長めの休憩中や仕事が終わった後には
メインステージの方まで行ってみたりしたけど、
職場からメインステージまでは徒歩40分の山道で軽いトレッキング。

しかも雨がやばすぎて観客の顔も死にまくっていた。
大丈夫なのか?


バタバタ仕事を覚えたりしてたら
初日はあっという間に閉店時間の23時。

なお、夜の軽い中打ち上げ時、
赤ワインをついで回っていた中二病患者氏に

「あー俺、赤ワインはいいや」

と言ったところ、


わがままなコだねぇー


という名言を残してくれました。
僕、今年で26歳ですけど。
こうやってK應生の評価がどんどん下がっていくのですね!


初日は特に見たいアーティストもなかったし、
何より雨がマジでしんどすぎて、あんまフェスに
良い印象を持たずに終了。

「近くに温泉がある」

という事前連絡はやっぱりデマで、
風呂も入らずテントで泥のように眠る。

てゆーか、どんだけ適当な仕事環境なんだ…
会社でやったら従業員に殺されるだろ…


【2日目:キッチン男子校誕生】


小鳥と虫がさえずる好天気!
明るいところで見るフェス会場の美しさと
大自然の光景、空気のうまさにテンションが上がる。

仕事が始まる前の朝礼では、キッチンメンバーに
絶対に見たいアーティストがある時間の前後に休憩を各自設定し、
他の時間は残りメンバーで思いやりと気合で回す

「オトキタ式コアタイムシステム」

を提案し、採用される。
また、メンバー分けの際に

「○○くん(中二病患者氏)はドリンクやりたそうなので、
 彼はドリンカーの方がいいんじゃないですか?」

とぶっこみ発言をして、中二病患者をキッチンからの追放に成功。
この2点が最高の1日を作ることに。

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7名全員男子という汗くさいキッチンは通称
「キッチン男子校」と名づけられ、異様な一体感をかもし出す。

俺ら以外のメンバーは

・仕事をやめてきた28歳ジャニーズ系男子のモリくん
・仕事をやめてなんとなく富山県に住んじゃってるすんげーいい人、ケイちゃん
・クリエイター志望で真面目、ナイスガイだけどやっぱり今は無職なガンちゃん

などの彩り豊かな面子に恵まれる。
こういう普段絶対出会わない人と仲良くなれるのが、
単発リゾートバイトの魅力ですね!

というか、水曜日から泊り込みバイトなんて
普通に仕事をしてる人には当然無理ですわな…


仕事中のつまみ食いはもちろん、
常に暑いキッチンでは酒が進みまくり、
ハイテンションで働くキッチン男子校。

隣のテントで着替えをしているキャンギャルを覗いて興奮したり(馬鹿)、
ドリンカーの女の子がキッチンに来ると過剰に優しくまかないを作るなど、
男子校生っぷり爆発で打ち解けるメンバー。みんな年も近くすぐ仲良しに。


また、ドリンカーに配属された
前述のモリモリ氏(33歳)に

「モリモリ(33歳)、ビール持ってきてよ!」
「モリモリ(33歳)がくれるビールはマジ美味しいわー」
「モリモリ(33歳)が素敵過ぎてヤバいわー」

とおだてまくって遊ぶ
調子に乗ってビールを運んでくるモリモリの陰謀により、
男子校メンバー完全泥酔。


そんな中、ときどきキッチンに現れる
中二病患者氏は

「苗場食堂ってどこにあるの?」

と聞いただけなのに、

「あー、あそこの冷やしトマトを食べないと
 フジロックに来たとは言えないね」

などと相変わらずの発言を繰り返していた。
こいつだけは殺す。


この2日目は「オトキタ式コアタイムシステム」
のおかげで(?)、休憩もがっつり取得。

目当ての「フジロックで一番アウェーなバンド」
筋肉少女帯も見れたし、会場に流れる川に入って
顔を洗ってジャブジャブ遊んで野外フェスを満喫。


閉店後の深夜にはスタッフパスの効力を駆使して
お客さんは入れないエリアを通ってステージサイドまで行けたり、
(早稲田祭の深夜のステージを100倍くらいすごくした感じでマジやばい)

山の斜面に映し出される「寅さん(映画)」と、
それを見る観客がほとんど寝てる光景にある種感動したり。


相変わらず上からの仕事の指示はテキトーなのを除き、
大満足のうちに2日目は終了。この日も風呂には入っていない。


【三日目:涙の別れ】

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あっという間の最終日。

なんか前日の流れからキッチンリーダーみたいに
なってしまってたので、早朝に偉い人から電話が来る。

「在庫状況が知りたいから、今すぐバーに来てくれ」
「無理です(即答)」

嫌なことにはノーと言える男、それがオトキタ。
一応在庫状況はメールしてあげて、集合時間まで寝る。


が、ドリンクリーダーら生真面目な人たちは
上のむちゃくちゃな指示で深夜4時まで働かされて、
6時にまた呼び出しをくらったりしていたらしい。

うーん、こういう仕事は立ち回りが重要だ。


フリーターの方々は撤収日の翌日まで勤務だが、
僕らは夕方でお先に失礼させていただくことに。
なので、それまでの時間は必死で働く。

2日目・3日目は売上も順調で基本忙しく、
特にドリンクの値段を100円下げる

「ハッピーアワー」

は、働く側にとっては
不幸でしかないことに気付く。


なお、中二病患者氏はその戦場のドリンカーにおいて、
シフトをガン無視して

「俺、忌野清志郎トリビュート見たいんで、
 その時間以外は休憩いらないっす!」

とかほざきシフトを台無しにし、2日目半ばにして
早くもドリンカー内で干されていたらしい。合掌。

キッチン内では

「あいつには死相ならぬ、童貞相が出てる」

という話しで盛り上がる。


ちょこちょこ来てくれた知り合いには
余りモノを出したりしてたんだけど、
忙しくて相手ができなかった人もいて、申し訳なかったなー。

この日もキッチンのアイドル、
ドリンカーのちえちゃんが運んでくるビールを
一同歓喜しながら飲み干してやっぱり泥酔。


17時にシフトを抜けた後、
僕らのバーの隣でやっている「ドッグラン」コースを
人間が走るイベントに酔っ払い4人で参加。

「誰か一番ボケられるか」

みたいな競争になった結果、
オトキタさんはこんな格好で競技参加することに。

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バカスww
(裸に靴下が間抜けすぎる。。)


そんなこんなで3日間、風呂も入らず働き通した
フェス会場とバーともお別れ。

ほんとにみんな仲良くなってたんで(特にキッチン組)、
別れが名残惜しく、東京での再会を誓う。

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ありがとう!また会おう!

早めの帰りだったので、20時頃の新幹線は
まだ空席もあり、越後湯沢駅で3日ぶりの温泉に入り
夢のフェスティバル会場から東京に帰りましたとさ。


--


いやー、とにかく、楽しかった!です。
リゾートバイトとか、さすがに1ヵ月とか夏休みを
潰すのもアレだなーと思って学生時代にやらなかったけど、

大自然
東京ではない出会い
非日常間ならではの楽しみ

等々、その魅力を存分に感じれた3日間でした。
来年もあれば絶対にいく。


というか。


実はフジロックの露店の出店は
一般公募枠もあるらしいです(倍率鬼っぽいけど)。

もし興味ある人がいれば、ぜひとも来年一緒にやりませんかね?
色々と労働環境に不満があったから、もう自分でやる方が早えよ。
リーダーは俺だ。夏休みはここで取って1週間会社は休む!


こんな楽しむとバチが当たりそうってくらいで、
実際久々にスーツ着たら違和感ありまくりだし数字も壊滅してたけど(笑)、

それを補ってあまりある3日間だったなーと。
ここに書いてない細かい楽しさもたくさんあったし。
誰かにフェスのよさを語りたくて仕方ありません。


早くも7月末は目前で、夏は本当に短いけれど、
こんな感じで遊び倒して青春したいと思います。

貪欲に、チャンスには食いつけ!だ。
ビバ、フジロック!
posted by おときたしゅん。 at 22:20| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月15日

下駄っぱーず誕生 -Original Story-

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2004年9月20日 地球感謝祭

諸君らは覚えているだろうか。

「下駄っぷ」が初めて舞ったことを。
「下駄っぱーず」が誕生した瞬間を。


すべてには始まりがある。
すべてには物語りがある。


とゆーことで突然ですが、おそらく誰も見ていないこのスペースで、
「初代(元祖)下駄っぷ」誕生までのノンフィクションエッセイでも連載しようと思います。
うわぁい暇人。

飲み会だといつも騒いでばかりで、
まじめな思い出話なんざしないからね。。


【注意点】

・記憶は曖昧です。よって、時系列は特に適当です。
・元祖のメンバー以外は当然出てきません。ごめんなさい。
・連載中の写真は2004年当時のものを掲載。無論俺中心。
・僕の記憶のため、僕が美化されています。
・僕が自分好きのため、僕が美化されています。


全5回の予定。
途中で突っ込み訂正意見なんでもござれだ。
むしろ誰かサイドストーリーを書け!

というわけで、思い出の旅にいざ出発。
We were..



-第一夜-

2004年、初夏

気だるくて、暑くて、熱くて、
愛しくて、忘れられない日々に捧ぐ


早稲田大学キャンパス、二十歳の夏。

学園祭運営組織「早稲田祭運営スタッフ」
企画局に所属していた俺は、幹事代の学年として

企画に会議に新人育成、果てはビラ撒きに立て看板作りと、
思い返しても忙しない毎日を送っていた。


「日本一の祭りを創る」
「早稲田が日本一であることを証明する」


そんな想いを具現化するために、
最も精力的に活動すべき幹事代。

だが俺は実のところ、当時かなり冷めた感情を抱え、
鬱屈とした日々を送っていた。


副代表選挙の落選。
続く役員指名でも、まさかの役員落ち。


期せずして転がり込んできた企画局副局長の仕事と
新人隊長として1年生との交流はそれなりに楽しかった。

だがそれ以上に、役員会の保守的な方針、
優柔不断な当時の代表への不満は溜まる一方だった。


「なんであいつらが俺の上なんだ!
 なんであんなつまらない決定が通るんだ!」


祭りが、したい。「すっげぇ面白いこと」がしたい。
熱さが、熱気が、熱量が足りない。

そんな悶々とした毎日を過ごしていた自分に、
丸顔の少女が尋ねてきたのはいつだっただろうか。


「下駄でタップダンスがしたいんです!」


確か、例年まったく盛り上がらない地域祭

『地球感謝祭』

を盛り上げるコンテンツを考えているときだったように思う。


『Get up!(下駄っぷ!)』


と題されたそのネーミングのセンスと、
キラキラした少女の表情を見てまず

「面白そうだな」

と思い、また

「やらせてあげたいな」

と考えたことを覚えている。


というのも、企画局1年生が中心に考えた企画、

『早稲田祭初日パレード』

が役員会の決定によって、…悪い言い方をすれば…、
「潰された」直後だったからだ。『Get up!(下駄っぷ)』は本来、
その初日パレード内のコンテンツだったはずである。


未熟なりに考え抜いた企画を無碍に却下された直後、
彼らの落ち込み方は肌で感じていた。

彼らの企画を守れなかった自分の贖罪も兼ねて、
この企画を押したいと直感したのだ。


なにより、一度や二度提案を却下されても、
めげずくじけずキラキラした表情でまた新たに

「すっげぇ面白いこと」

をしようとしている少女に
自分に足りない熱さを、熱気を、熱量を見たのかもしれない。
その少女の名前は、原田恭子と言った。


「…面白いんじゃない。役員会に通しておくよ」


多くは語らず、事実深く考えず、
俺は2つ返事でその提案を受け取った。


しかし、ただ単純に「すっげぇ面白いこと」をするのに、
周囲は、組織は、「祭」でさえ、予想外に冷めた反応をすること。

それを当時の俺は知る由も、
なかったわけじゃなく実はヤバイと薄々思っていた。



−第二夜−

《早稲田祭運営スタッフ役員会》

国連を隠れ蓑に太古より世界を裏から操っていると云われる秘密結社。
使徒に関する予言が書かれていると推測される「裏死海文書」を所持し、
それを元に作成した遠大なシナリオに沿って行動している。

意志決定会議に参加するメンバーは12人であり、
その首魁は人類補完委員会議長でもあるキール・ローレンツ。
その会議はホログラムを介してサウンドオンリーで行われる。


以上すべて嘘。
ていうかゼーレ(from エヴァンゲリヲン)。


【正】

早稲田祭運営スタッフの意思決定を司る最高機関である。
代表副代表及び各局の局長で構成され、副局長には代理出席が認められる。
また、アジェンダの提案があるものも、一定時間の出席が許される。


個人的な感情を抜きにしても、2004年の役員会は
レベルの高いものではなかった。ていうかぶっちゃけ終わってた。

女子プロレスラーのような屈強な代表は
外見とは裏腹にヘタレた意見を出しまくり、三々五々まとまらない議論。
そして

「ペットボトルのフタより器とち○こが小さい男」

の異名を持つN副代表の議長っぷりたるや、


議長「つまりまとめると…(クドクド)
   結論としては…(云々かんぬん)」

ぉーぃ


ドリフのコントの如く果てしなく続く会議。
そして当たり障りのない保守的な結論。
まるでどこぞの国の国会のようだ…

時おり代理出席を頼まれたときは、苦痛な時間として
嫌々ながら会議室に向かったことを鮮明に覚えている。
某参加団体局長は、大体会議中パソコンでドラクエをやっていた。もはや。


「下駄っぷ」の提案をすべく企画書を抱えていったその日も、
また頭の固い連中に何を言われるやら・・・と、陰鬱な気分で席についた。

企画趣旨のプレゼンが終わり、
開口一番飛んでくる意見。


「運営スタッフは祭りを運営する組織、ハード面を提供する裏方スタッフ。
 ダンスなんてソフト面をやるのは運営理念に反する」


出たー正論!

古来よりそもそも、正しいことなんてたいていはつまらないことなのである。
だからこそ子供の頃のピンポンダッシュや、校則破りがあれほど愉快で面白いのだ。

正論こそが人を、組織を、陳腐化するのである。

蛇足だが、ゆえに少量のセクハラ行為が組織を活性化することが
逆説的に証明される日も近いであろう(願望)。


「なんで下駄でダンスなの?意味わかんねーし」と広報局長。
面白いことにいちいち理由が必要かね…

「そんなのに手を出して、通常のタスクは回るんですか?」と渉外局長。
わざわざ「タスク」なんて横文字使うな、このエリート!

「地球感謝祭当日、運営ただでさえ人数足りないんですよねー。。それがダンスに行くと…」
と運営局長。う…確かに。。それを言われると…


侃々諤々、喧々囂々。
議論は白熱し、しかし、ネガティブな方向に収束しつつあった。

「じゃあまとめると(クドクド…)、そういうことで。。」

予定調和的に、やらない方向で話しを流されかかったとき、
俺はキレた。ロジックとか何もないけどキレた。


そもそもこんな予算もゼロで、言えばたかだか数十分のダンスをするのにこの組織は役員会の意思決定まで必要なのか、このオタンコナス!いやそれ以前に、祭りが、面白いことがやりたくて入ってきた新人のその企画を頭から潰す組織が、「日本一の祭り」なんて創れるかヴォケェェ!


メタメタな理屈をまくし立てる俺に、
マイペースな企画局長がのんびりと言った。

「そんなこと言ってもさぁ、誰が仕切って責任取るわけぇ?
 おまえだって自分の企画もあるだろぉ」

そうなのだ。

他局が比較的ヒマな夏休みも、
ブッキング作業のある企画局は案外仕事が山積みで忙しい。

まして当時、様々な本部企画が乱立し、
局長副局長ともにてんてこまいだったのだ。


しかし、そうもいっていられない。やると決めたのだ。
やると決めたら、できない理由より、できる方法を考えるのだ。


「やる。俺が責任とるよ」
「やるったって、どうやってぇ?」
「どうって…そうだなぁ。。」
「なんだ、そんなことも考えてないのかぁ」


ここまで来たら、売り言葉に買い言葉。
次の言葉で是非は決まった。





「…踊る!俺も踊る!」



−第三夜−

【前回までのあらすじ】

売り言葉に買い言葉で踊り子になってしまったマーニャオトキタは
踊れない・時間がない・彼女ができないという
三重苦に悩まされるのだが…


役員会の承認こそ取ったものの、
顔を付き合わせた我々はハタと途方にくれた。

「get up!(下駄っぷ!)」というキャッチーなコンセプトと、
「下駄でタップする」パフォーマンス内容事態には問題ない。

しかし課題を数え上げれば


1.みんな下駄を持ってない(まあこれは買えばOK)
2.踊り子が足りない(当初5名以下だった)
3.ていうか、振り付けがない


うーむ、これは困った。
オトキタ自身、よさこいのチームには所属していたものの
振り付け経験はなし。わっしょい系少女の恭子も当時踊り始めのビギナー。

振り付けがなければ、新たに踊り子を
勧誘することもままならない。


「ねえねえ、下駄でタップしようよ!」
「え、それってどんなの?!」
「(恭子がわしょわしょする)」
「きち…がい??」


お先真っ暗である。

こうした事態に直面しても、
丸顔の少女は

「大丈夫ですよーなんとかなりますからー!」

とあまり頭のよろしくない発言を繰り返していたが、
実際国民的馬鹿であることに気付くのに時間はかからなかった。
しかし、この馬鹿さ加減が後の突破口となる。

多大な不安も抱えながらも、下駄っぷだけに
注力するわけにも行かなかった俺は、ひとまず恭子と
企画局の新人たちに企画を預けて他の仕事に取り掛かっていた。


夏休みも過渡期なある日のこと。


カフェテリアに呼び出された俺は
恭子から見知らぬ人物を紹介される。

彼女の名は、さっちん。

幼少のころからダンスを修め、
有名アーティストのバックダンサー経験もある
どこぞのエセと違ってホンモノのセミプロである。


早稲田祭とさして関係もない彼女が
なんと下駄っぷのふりつけに手を貸してくれるという!
彼女曰く、そのきっかけたるや

「学館のB2で下駄履いてわしょわしょしてる集団をみて
 なんか面白そうだと思って自分から声かけた」

…ここにオトキタは

「馬鹿が馬鹿を呼ぶ」

という法則を確信するに至るのである。


ともあれ、これで役者は揃った。


振り付けの見通しがついたので、次は音決め。
試行錯誤の末、吉田兄弟の三味線が採用される。

着々と出来ていく振り付け。
当時はまだ珍しかったDVで踊りの風景を撮影し、
みんなで共有し練習に励む。

思えばこの時代にmixi動画なんてあれば、
随分とこういうのもラクだったろうに。。


企画は順調に進むかに見えた。

が、ここでオトキタは、
長期間の活動離脱を余儀なくされる。

そう、俺の2004年8月のカレンダーの
その大半が

「インド・ネパール旅行」

で埋め尽くされていたからである。
ってアンタ!

…いや別に、仕事をさぼろうとか企画を見捨てようとか、
当時の役員会に対するフラストレーション的反抗とか
そういうことじゃ決してなかったんだ!

ただ…ガンジスが…呼んでいたから。。(遠い目)


タージ・マハルで、ガンジスのほとりで、
ヒマラヤを頂くネパールの街角で。

俺は心から下駄っぷに
想いを馳せていたのだった。

ナマスカール!(わっしょーい!)(違)


−第四夜−

【前回までのあらすじ】

下駄っぷを見捨てて涅槃の地に飛び立ったオトキタは
腹を壊す、ボラれる、ガンジスに沈むと
あらん限りの天罰に見舞われるのだが…


不健康に焼けた肌とこけた頬をひっさげ
久々の練習に出た俺は、嬉しい事実を知ることになる。

なんと、出発前は片手で数えられたメンバーが
20人近くにも増えていたのだ。


後に100ハイで驚異の脚力を証明するおっとり娘、大貫。
魚介に分類されるユニークな容姿を持つ男、上島。

初対面の飲み会で泥酔、いきなり俺にタメ口を叩いてきた川田。
そして新歓合宿で雑兵に告白、当時から時の人であった氏家。(現:うじハウスさん)


等々の下駄っぷオリジナル・メンバーも、
ここですべてが集結した。

こうしてみるとみんなそこそこ祭りの中心でありながら、
誰一人役員にならなかったあたりとことん
傍流の集まりだったんだなぁと思う。


残された時間はあまりなかった。
みんなメインの業務と、一応授業というものがある。

モチベーションも人それぞれ。
真面目に練習するもの。ただなんとなくいるもの。
やる気のあるもの。あまりないもの。

ただその中心にはいつも、
ガムシャラに動く恭子の姿があった。


「当日は俺が音響リアカー引きますから、任せてくださいよぉ!」
ヤクザのような風貌をしたジョーが笑う。

「オトキタさん、踊り終わったら、すぐ来て下さいね。警備、すくないんすから!」
後輩の警備スタッフたちが冗談交じりに声をかける。


踊り手以外にも、たくさんの人々に
支えられていることを強く実感する。

たかだか数十分のダンス数回だけれども、
ハード面のみの運営スタッフがソフト面に進出した意味。
いや、そんな堅苦しくなくても、


「とにかく、面白そうだからやってみよう!」


というマインドを硬直した組織に芽生えさせたことが、
この下駄っぷと、そして前年の早稲田踊りの
大きな功績だったかもしれない。


練習時間は、やっぱり足りなかった。
2007年と同様、そして同じ場所(戸山公園)で
前日夜遅くまでフォーメーションの確認をする。

真剣な表情で振り付けを叩き込む1年生の姿を
一歩距離をおいて見つめてながら


「こいつらの将来創る早稲田祭は、きっと面白いだろうな」


と、ふと思う。

明日下駄っぷが終わって一ヶ月もすれば、
幹事代として最後の早稲田祭本番。そして、引退。

後輩たちと一緒にいれる時間はもう、ない…


「オトキタさーん、最後にもう一度、通しでやりましょう!」


自分を呼ぶ声にゆっくりと立ち上がり、合流する。

先のことなど、終わることなど、
まだ考えるはずもない若い彼らの下駄の音色に、
切ない思考は中断され、消えていった。



−第五夜−

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2004年9月20日 午後

長い長い準備期間をあざ笑うかのように
本番はあっという間に訪れ、そして一瞬で過ぎ去っていく。

この法則に例外はない。

「we! are! Getappers!」

の掛け声。歓声。笑顔。

それなりに人でにぎわった大学構内を、南門通りを、
えんじのはっぴに下駄を履いた集団が踊り舞っていく。

関係も環境も感情も
時間も場所も状況もカンケーなく


ただ、楽しい。


そう思えることがきっと大切で、
何よりかけがえのない瞬間なのだと思う。


夜にはささやかながら、いや実はささやかじゃなかったんだが、
下駄っぷの打ち上げが行われた。

密かに用意されたケーキ、花束、寄せ書き。
プレートに書かれた「愛してる」のチョコ文字。
恭子の涙。はしゃぐメンバー。

古今東西、感動の作法は変わらない。

深夜の戸山公園で我々は大いに飲み、騒いだ。
とそこに、見慣れた制服を来た、公務員の方が登場。


「はい、近所の人から通報がありました。代表者は誰かな?」


国家権力キター


一気に冷める場の雰囲気。
別の意味で泣きそうになるメンバー。

もちろん最年長者として、自ら進み出て
身分証明書を警官に渡す。


警「名前はオトキタシュン…生年月日は1983年9月21日、と。…ん??」
俺「そうなんですよ、ボク、あと1時間くらいで誕生日なんですよ!」
警「へー、そうなんだ(無視)」


この公僕、血も涙もねえ。

恩赦をまったくすることもなく、連絡先を控えて去る警官。
「何かあったら後日連絡するから」とのことだったが、
幸い連絡はなかった。ま、騒いでいただけだし…

その場にいた1年生たちの大半が
実は…であったことは公然の秘密である。

場所をわっしょいに移し、朝まで続く宴。
その過程で俺は21歳の誕生を迎えるが、
その時にはすでに大半のメンバーが潰れていた(死)


初代下駄っぷはこうして、早稲田祭2004に至る過程の中で、
静かにその役目を終えて収束した。

メンバーの中にはこれがきっかけで親友になったもの、
踊りに目覚めて踊り侍に入ったものなど様々いたが、
「下駄っぷ」それ自体はその後意識されることもなく、やがて忘れられていく。

はずだった。


−−−


2006年3月25日 卒業式当日
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=107988142&owner_id=129150

早稲田祭運営スタッフによる追い出しコンパ。
一次会が終わったロータリーで、それはあまりにも不意打ちだった。

突如、はっぴと下駄をつけて集まる、初代下駄っぷメンバー。
2年前になんども練習した、サビの部分の振り付けが眼前で行われる。
差し出されるチョコレートケーキ。


「オトキタさん、卒業おめでとうございます!」
「下駄っぷ、本当にありがとうございました!」
「忘れません!絶対に忘れません!」


不覚にも、涙が出そうになる。
俺は差し出されたたケーキに思い切り、自分の顔を突っ込んだ。

そして目の前にいた氏家の顔面に、思い切りケーキをたたきつける。
照れ屋だった俺の、精一杯の愛情表現。


代表にも役員にもなれなかったけれど。
大きなことは何一つできなかったけれど。

もっとも後輩から愛された先輩だったと
誇りに思えるのは、あなたたちのおかげだったと思います。

この場で今一度、どうもありがとう。



きっかけは、丸顔の少女の衝動で。
早稲田祭に至るまでの、ほんの小さな遊び心。

些細な絆かもしれないけど、きっと俺たちは
下駄の音色でいつだって戻れる。


うだるように熱かったあの日々と
確かにそこにあった、紺碧の空へ。



-エピローグ-


2007年 夏

社会人になって、1年半が過ぎた。

早稲田に引っ越してきた俺は、大隈講堂に、
街に溢れる学生たちに、懐かしい日々を重ねながら
あの頃とはまったく違う毎日を過ごしている。

それなりに日々は楽しいけど、何か物足りない。
熱さが、熱気が、熱量が足りない。

そんな退屈な日々をぶち壊したのは、
やっぱり、丸顔の少女からの連絡だった。


「早稲田祭で、下駄っぷ踊ります!一緒に踊りませんか?!」


(完)
posted by おときたしゅん。 at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月18日

42.195 〜東京マラソン2008始末〜

「翌日、会社に行くまでが(社会人の)マラソンです」

とはよく言ったもので(誰が?)、
這いつくばって勤務してきたオトキタです。水戸に出張ってアンタ。


mixiマラソンリアルタイム更新にたくさんのコメント、
ほんとーにありがとうございました!

さあさあそういうわけで、興奮冷めやらぬうちに
東京マラソンの備忘録をしたためたいと思います!
長いですよー、マラソン並に!

興味ある方だけお先にどーぞ。
途中リタイアは禁止だぜっ!


−−−


【前日】


「何かネタを仕込まないと」

というプレッシャーは感じつつも、日々の仕事と
トレーニングで結局何も考え付かずあっという間に前日夕方。

家に遊びにきた専属トレーナー・佐多や杉山たちと
何をしたら面白いかに頭を悩ます。ここで、

「往復するところの往路でガンプラの箱渡して、
 復路戻ってきたところで完成してたら絵的においしい」

というフラッシュアイディアが降臨。
※「ガンプラ」=ガンダムのプラモデル


最初は受け取りと完成の映像だけ撮ってつなぎ合わせる
完全なヤラセ企画のつもりで話しを進めていたのだが、

「どうせやるなら、本気でスタートからゴールまでで
 組み立てた方が面白くない?ていうか伝説でしょ!」

という(自分の)余計な一言で、完全なガチ企画に変貌。
いい加減、物事を面白いか否かで判断するのはおやめいただきたい>俺


ちなみにその他、没になった企画群はコチラ↓

・ほんとのチャリティーマラソン

募金箱を持ち、沿道の観衆から募金を募りながら走る
→金銭授受が大会規定に触れそうなので没

・生命の神秘マラソン

卵を持って温めながら走り、途中で孵化させてひよこと共にゴール
→絶対に孵化しないので没

・丸出しマラソン

チンk
→人道にもとるので没


後輩に急遽ガンプラを買ってくるように指示、
彼が抱えてきたお題は↓

ガンダーム.jpg

「ストライクフリーダムガンダム MG」

が、ガチ過ぎる…
ちなみにガンプラにはHGやMGなどのグレードがあり、
MGはパーツも細かく作成に超時間がかかります。


部品をイチからすべて走行中に組み立てるのは
現実的に不可能なので、主要パーツを予め作っておき
走行中に合体させてゴール地点までの完成を目指すことに。

ガンダム作成中.jpg

《マラソン前日とは思えないの図》

家にいるメンバー全員で組み立て作業。
一人で作れば一晩かかるプラモに挑む。


なおこの時、夕方くらいまで

「3時間台を目指しましょう!プラン作ってみました!」

などと誰よりも張り切っていた専属トレーナー・佐多秀介(元陸上部)は、
「アッー!!フラれたー!!」の一言を境に完全に無気力なお荷物と化し、
プラモ作りを横目に見ながら深酒、翌日応援にすらこなかった。死んでしまえ。


結局、プラモが現実的なラインまで完成したのは
深夜の1時過ぎ。翌日は5時起床、つまり睡眠時間4時間以下が確定。

こんな馬鹿なランナーが、未だかつて存在したのだろうか…
果てしなく疑問が渦巻く中、とりあえず就寝。


【集合地点〜START】


時計を忘れて家にタクシーで取りに帰るなどのありがち(?!)な
凡ミスをかましつつ、新宿駅で同じくランナーの菅さんと合流(am7:00)。

本気で準備をしている周囲のランナーに囲まれると、
はっぴ姿でガンプラのパーツが入った巨大ウエストポーチを装備している
自分の姿が完全に浮いていることに気づく。

今回のマラソンのテーマである

「無理せず、無茶せず、ガンプラ作る」

を確認しながら準備運動に励むも、
プラモデルを作ることがすでに無理で無茶だという驚愕の事実。
誰か止めてくれ。


スタートの待ち時間が1時間以上あり、この寒さが最初の難関。
あまりの気温の低さに、陽射しが出るとランナーから歓声が上がるほど。

暇潰しに携帯でメールを送ったり、mixiを見て緊張をほぐしていると
いよいよスタートの時間が迫る…


【START〜5キロ】


スタート位置がA〜Iまであり、自分の地点はH(後ろから二番目)
だったため、スタートテープを切ったのはなんとスタートから10分後!

最初の方はペースが作れないと聞いてはいたが、あまりの人ごみのため
小走り程度のかなりチンタラしたペースで新宿界隈を駆け抜ける。

しかし、歌舞伎町前の靖国通りを大勢のランナーが
駆け抜けていく光景は圧巻。これだけで参加した価値があったと思う。

目標タイムは5時間以内に設定。後半ペースが落ちることを考え、
1キロあたり5分半以内を目安に走っていくことを決める。

人ごみを掻き分け、ペースを作りながら走っていく。


【5キロ〜10キロ】


ようやく人ごみが緩和されてくる。

何せタイムを計りながら走ったことがない(!)ので、
「ペースメーカーが欲しいなぁ…」と思い、自分と同じくらいの
ペースで走ってそうな人をキョロキョロと探す。

とそこで、明らかに陸上経験者な雰囲気かつ容姿端麗、
しかもホットパンツをはいた麗しき女性を発見!
彼女の太腿を眺め続けて完走をすることを即座に決意。


かなり快調なペースで飛ばす彼女。飛び散る汗、揺れる太腿。
おいおい、ちょっとオーバーペースなんじゃないの?ひょっとして途中でご休憩か?!

などと妄想を膨らませていると、なんと10キロ地点で
彼女がコースアウトをしていくではないかっ!

…どうやら10キロの部の参加者だったらしい。早いわけだよそりゃ。。
うーらーぎーりーもーのー(おまえは誰だ)


魅惑の太腿とペースメーカーに別れを告げ、
日比谷公園を横目に再び孤独なレースがスタート。


【10キロ〜20キロ】


まだまだ脚力に余裕もあり、
景色を楽しんでいた区間。

ただし、『はっぴ』という着衣が

「空気抵抗受けまくり、すぐずれる、そして暑い」

という欠陥ウェアであることが徐々に負担になってくる。
そしてガンダムのパーツが入ったポーチも非常に邪魔。


20キロ手前くらいで東国原知事と併走。
なんと会話にも成功しました!

会話内容↓

俺「知事、僕、早稲田です!早稲田祭2002ではお世話になりましたっ!」
東「ああ、どうもっ!(必死)」

…どうやら余裕はないらしい。


ややペースの遅い上取り巻きが厄介な知事をかわし、
銀座を通過してコースは一路浅草方面へ。


【20キロ〜30キロ】


練習で一度も走ったことのない距離に突入。
身体と脳は正直で、

「もう終わりですよ!走るのをやめましょう!」

というサインを全力で出してくる。
本能を押さえ込みながらひたすらラン。
太腿の裏側あたりに鈍い痛みを感じ始める。


25キロ過ぎで前を走っていた菅さんをかわす。
このあたりから

「1キロってこんなに長かったっけ?!」

と思うようになる。
沿道から『あと15キロっ!』って言われて逆にヘコんだり。

はっぴ姿で浅草走ったらテンションあがるだろーなー、
なんて思ってたけど、雷門付近ですでにその余裕はなかった。

コースは折り返し、再び銀座方面へ。
この「往復」が地味にきつい…


【30キロ〜35キロ】


ぶっちゃけ、マラソンなめてた


左手に握り締めたガンプラと、パーツの入ったポーチが
完全に走行の負担になる。まあ、最初から余分だったのだが…

パーツを組み立てるのが嫌で嫌でたまらず、
部品をポーチから取り出そうとする度に

「よし、ポーチから部品を出す!出すぞー!!
 そして組み立てるっ!!付けるんだー!!!」

と念じまくらないと手が動かない状態に。

そこまでして作っているものが芸術作品でも稀代のアートでもなんでもなく、
単なるガンプラという事実を僕はどうしたらいいのか…と自問自答し激しく鬱に。


しかしここまでは、なんだかんだで余裕があった。
沿道の観衆にガンプラを見せびらかすこともできた。
ていうか、そうしないと気づいてもらえなかった。

「魔の35キロ」
「人間の限界は35キロ」
「35キロからが本当のマラソン」

などと称される35キロ地点。
その恐ろしさをわが身をもって体験するとは…

絶望の宴はここから始まる。


【35キロ〜40キロ】


35キロ付近で発見した倉石らの応援団と話そうと
減速した瞬間、下半身に激しい違和感。嫌な予感が頭をよぎる。

下半身の痛みともあいまって、意識が朦朧としてくる。
これはほんと、35キロで突然襲ってきた。

ここで

「運動の真っ最中なのに、お腹が減ってどうしようもなくなる」

という、100ハイですら経験したことのない極限状態に。
身体が切実にエネルギーを欲しているのをビンビン感じる。
ある程度想定してたとはいえ、ペースも急激にダウン。


今まで飲みすぎないようにしていた給水もここからはガブ飲み。
そして本気でありがたかったのが、給水や配給ポイント以外で
食べ物を配ってくれる沿道の一般観衆のみなさま。

特に37キロ付近でおにぎりとみそ汁を差し出してくれた人、
みかんをむいて渡してくれた人には、感謝をしても仕切れない。
あれ、なければ本気で死んでました。この場を借りて、ありがとうございました。


そして38キロ付近で現れる、地獄の上り坂!
見た時の絶望感は、とても言葉では言い表せない。

果てしなく見える登り道。力なく歩く人の群れ。
その光景たるや、まさに死者の行進。ゾンビーのパレード。
レミングスだと思うとちょっと面白いが、それどころではない。


この上り坂で左足に突然の痙攣が起こり、
周りの人が歩いたり止まったりしていることも相まって
激しく歩いて休みたい衝動に駆られる。

しかし、

『どんなにゆっくりでも走り続ける。絶対に歩かない、止まらない』

というのが事前に真面目に決めていた、たった一つのルール。
(ぶっちゃけガンプラとかは最悪放棄してもいいと思ってた)

「まだ3時間台だ。今からゆっくり歩いたってどう転んでも
 4時間半でゴール出来るぞ。さあ歩け、休め!さあさあ!!」

という心の誘惑とまさしく死闘を繰り広げていると、
上り坂はやがて下り坂に。いよいよ、ラスト2キロの看板が見えてきた。


【40キロ〜GOAL!】


41キロ地点で、左足が再び痙攣、そして完全につる。
ここまできて、嘘だろっ?!と思わず声に出して叫ぶ。

「動けっ!動けよっ!!」

とガンプラを握り締めた左手で、
がむしゃらに左足を殴り続ける。

すると、なんとっ!



ガンダムの腕がもげた!(死)



ま、それだけ激しくすりゃそうなんだけど。。
拾いにいく余裕はとてもなく呆然としていると、
奇跡的にも左足に感覚が戻ってくる。いけるっ、これはいけるぞ!

俺の左足の代わりにガンダムの腕が犠牲になってくれた、
とか美談っぽく考えてみるも、そもそもガンダムを作ってなければ
脚にそんな負担はなかったんじゃないだろうか…

明らかにローペースになりながらもゴールを目指し、
最後、大観衆が見守る中ラストの直線。


ここでもー、てんやわんや。まず最後のパーツをつけてたら
ガンダムのもう一本の手がもげる。もうこれはあきらめるも、
気づいたら携帯電話がない!パーツ出すときに落とした?!

引き返さざる得ないと思って振り向くと、
なんと後ろを走る人が拾ってくれてた!あなたが神かっ?!

そうこうしてたらもうゴールは目前。
カメラがあるぞ、どうする!とりあえず万歳だ、そして叫べ!
えーと、えーと、、


ガンダーム!!


違うだろ。


完走タイム.jpg

この時計の時間、
いまだに名残惜しくて消せません。

ガンプラと完走.jpg

《完走、そして完成》

−−−


とゆーことで以上、
初マラソン挑戦記録文でした。

まあ普通の人はガンプラ作ったりしないので、
参考にはならないと思いますが…マラソン挑戦を考えている方に
少しでもこのつらさ(と楽しさ)が伝われば幸いです。


タイムを計るなどの練習らしい練習を一切せず、
mixi更新+ガンプラ+はっぴというハンディでこのタイムは
もう予想外で満足の一言。

欲を言えば4時間きりたかったけど、
ハンディがなければ絶対行けたな。


ちなみにウェブサイト速報記録での
5キロ毎のラップタイムはこちら↓

0〜 5キロ 43:57
5〜10キロ 27:01
10〜15キロ 26:09
15〜20キロ 27:12
20〜25キロ 27:11
25〜30キロ 28:18
30〜35キロ 30:11
35〜40キロ 33:16
40〜42.195キロ 14:32

TOTAL 4:17:47

最初の5キロはスタートまでの待ち時間10分強が入ってるので、
公式タイムでは考慮されるはず。はず。

序盤の人ごみでペースが作れなかったのと、
30キロ以降のあからさまなペースダウンが見てとれますな。
それ以外は1キロ5分半くらいでいい感じに走れてるのでは。


「100キロハイクとフルマラソン、どっちがつらい?」

と誰しもが考えると思いますが、多分フルマラソン。
100ハイは痛みだけに耐えれば物理的にリタイアは回避できるけど、
マラソンは痙攣や脱水症状に襲われるプレッシャーが本当に怖い。

完走だけなら100キロハイカーには楽勝だと思いますが、
4時間なり5時間で走ろうとすれば、まったく別の競技と考えるべきかと。

ただ時間の分、足への蓄積ダメージは100ハイのがでかいので、
トータルで考えればどっちもどっちなんだけどね。


ともあれ、ほぼ素人の自分がこんな好タイムで完走できたのも、
本当に沿道で応援してくれた観衆とその声援のおかげ。

なんて奇麗事を言うつもりはなかったんだけど、マジでそう。
はっぴなんて超走りづらくて、おとなしくWASEDA125のブレーカーに
しとけばよかったと途中で後悔しまくったけど、1キロ毎くらいに受ける

「早稲田、がんばれ!」「早稲田祭!!」

という声援が、どれほど励みになったことか。
まあこの辺は、大学にも間接的に感謝。

そして実際に応援してくれた杉山、植松、倉石、ガンプラ協力の川野とカルピス、
ゴール後のジョンと諸藤、一緒に走った菅さん、勇気をどうもありがとう。
って、本当に男ばっかだなオイ!そして佐多は死ね!


あと、ガンプラは難易度高いわりに地味すぎて
ほとんどの観衆が気づいてくれなかったので、
企画としては失敗だったと思いました。

ネタをするときは何事も、見栄え重視でいきましょう。
やっぱり仮装が一番おいしいのよね。


最後に。

mixiフォトアルバムと↓
http://mixi.jp/view_album.pl?id=11255517

このサイトでなんと、オトキタのゴールシーンが見れます!↓
http://www.ntv.co.jp/tokyomarathon/goalmovie/

ゼッケン番号に「40454」と入力し、
右側のゲートをクリックして見て下さい。

ガンプラのパーツ落として引き返して拾ってたり、
よく耳をすますと「ガンダーム!」って叫んでいる
面白動画となっておりますので。うーん、馬鹿。



なんだかんだと、とてつもなく印象的だった初マラソン。
生まれた土地を、眺めて育ってきた街並みを、
横目に見ながら走れるこの快感。

願わくば、近い将来また、
あの脅威の抽選倍率を突破できることを。


でも、





二度とネタはやんない。
posted by おときたしゅん。 at 23:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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