2011年10月10日

【前編】ミャンマー旅行記 -揺れる初日-

矢のように毎日が過ぎ去っているからこそ、
そこにあった一瞬を少しでも閉じ込めておくために
人は文章で記録を残しておくのです。

最近Facebookをアクティブ化したおかげで
ほんっとに日記を書くのが億劫になったきたのですが(ヤヴァイ)、
8月終わりに行ったミャンマー旅行記を無理やりにでもまとめてみせるっ!


--


8月24日(だっけ?)、夏も終わりに差し掛かる最終週。
僕は奇跡的に夏休みを同時に取得できた大学時代の友人(後輩)2人と、
ミャンマーに向かうために羽田空港に向かった。


《今回の道連れ》

・植松さん

地理マニア。スリランカやイエメンなどマイナー国家への海外旅行を繰り返しており、
大学時代は上海からバンコクまで2ヶ月間かけて自転車で横断(!)したことも。

身長185cm超とガタイも良いので頼り甲斐抜群、かと思いきや
モロッコであっさり首絞め強盗にあって貴重品を奪われるなどの確かな実績を残す。

・栗田くん

ITマニア兼ネトゲマニア兼盗撮マニアであるという逸材。
初めての海外旅行がインドで2回目が今回のミャンマーという
いろんな意味で方向を間違ってしまった人。その潜在能力を今回も存分に魅せつける。



【初日:羽田-バンコク-ヤンゴン-寝台列車】


ミャンマーへは直行便が出ていないので、バンコクでトランジット。
バンコクへは羽田便が出ているので実に便利。

1.jpg

乗り換えの合間にも「ブラウザ三国志(ネトゲの一種)」を欠かさない栗田くん。


夜に羽田を出発し、羽田〜バンコク間が5時間半、
乗り換えでちょい待ってバンコク〜ヤンゴンが2時間くらいで
比較的あっという間に午前のヤンゴン空港に到着。

さて、現地に着いたら早速両替を…と思うのだが、
ここからが軍政国家ミャンマーのクオリティ。


(ガイドブック要約)

「政府発表の公定レートはゴミ。ほぼ機能しておらず、闇両替しないと生きていけない」
「空港では闇両替できないので、とりあえずドルを使ってタクシーで市街に行け」
「マーケットに行って、観光客がそれっぽく歩いていれば闇両替できる


…なんか不安しかないのだが、とりあえず最悪でもドルは使えるし、
大体こういうのは行ってしまえばなんとかなるもの。ガイドブックに書いてる
「ホージョーアウンサンマーケット」でタクシーから降りる。

2.jpg

大体、東南アジアではこんな格好でウロウロしていますアタクシ。


バックパックかついで明らかに外人オーラを出していたら、
歩いて1分でカタコトの日本語をあやつる闇両替屋の兄ちゃんに捕まりました←

色々迷ったけど、たいしてどこも相場は変わらんだろーと思い両替。

3.jpg

ミャンマーの通貨は「チャット(発音は『チャ』)」というのだが、
インフレが進んでいるらしく100ドル両替すると70000チャットとかになり、
事実上の最高紙幣1000チャットなので分厚い札束を持ち歩くハメに…。

最終日に戻ってくるヤンゴンの観光は後に回し、
この日は午後の列車でとっとと北部にあるミャンマー第二の都市、
「マンダレー」へ15時間くらいかけて移動。


ちなみに東南アジアの国ではどこもそうなのだが、
鉄道のチケットを買おうとすると大体客引きが邪魔をする。

「バスのが安い」「飛行機を使え」「俺のタクシーで送ってやる」etc..

なお、別に客引きたちが嘘をついてるわけではなく、
ほとんどの場合バスのが早いし安いし便数も多くて便利だったりする。
列車に乗るのはほぼ趣味の領域だと言ってもよい。


こういう時は理屈で話しても無駄なので無視するのも手だが、
僕が数々の東南アジア旅行で身につけた最強の撃退ワードを紹介しよう!


I love TRAIN!


そう、愛は偉大。
愛の前には、利便性やコストなど吹き飛ぶのだ。
この言葉で、たいていの客引きは苦笑いして去っていく(インドの場合を除く)。

このワードの汎用性は高く、
歩きたいのにタクシーに付きまとわれた場合や、
しつこく行きたいホテルと別のホテルを薦められる場合にも

「I love walking!」「I love that hotel!」

などと応用できます。
さらに脱線して話しを続けると、
客引きやタクシー運転手にしつこく買春を薦められたときには


「I am gay.」
(訳:や ら な い か ?


と答えると高い確率で会話を終わらせることができますが、
まれに盛った客引きや運転手(♂)に肉体関係を迫られることがあるので注意が必要です。

と、僕の友人が言っていました。


…さて、そんな苦労をしてまで乗り込んだミャンマー列車。
40ドルというミャンマーでは破格の大金を外国人料金で支払い、
最高クラスの寝台シートを予約。いやもうその乗り心地たるや天にも昇r


最 悪 。


インドの列車以下のモノがこの世に存在するとは…

4.jpg

写真では伝わらないけど、まず超ボロい。
雨漏りがすごい。湿気がヤヴァイ。

ガイドブックには

「電車とは思えぬほどの縦揺れ、横揺れを体感して欲しい」

とゆー呑気なことが書いてありましたが、
なんでレールの上を走るのに縦とか横に揺れるですか?!
こんなの絶対おかしいよ


そんなわけで読書すらできず、
音がうるさすぎて隣の人と話すのも一苦労。

5.jpg

飲酒

会話

諦める

読書

諦める

飲酒

就寝


をひたすら繰り返し、どこでも寝れる人間であることに感謝しながら
なんとか15時間の行程を消化し、列車は夜明けのマンダレーに滑りこんだとさ。

6.jpg

雑然と生活の場所になっているところも、
なんとなくインドを思わせるのでした。

2日目に続く!かも。
posted by おときたしゅん。 at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ミャンマー旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月07日

意外と偽善者ではないのかもしれない

1.JPG

なんか最近ボランティア関係の日記ばっか書いてて

「オマエは他に何もしてないのか?」

と思われそうな気がしなくもないのですが、
週末の記録も日記につけておきます。えーい


【ボランティアツアーの主催】


6月3日夜出発で、1泊3日のマッドバスターズ(泥かき)ツアーを主催してみました。
これがまた、やってみたら


超 大 変 


よく東京都や大手のボラ団体がやってるツアーで
「定員は40名、定員なり次第終了」とか書いてあるのを見て

「は?300人くらいバシっと連れていけやヴォケが」

と思わなくもなかったのですが、
うん、ごめん。そりゃ無理だ(断言)。


今回我々は30名超で石巻市に入ったんですけど、
インフラや治安もはっきりとしない被災地が目的地で、
初対面も含めた30名のメンバーを取りまとめる難易度といったら!

いくら「ボランティア活動は自己責任」と免責事項でうたっていても、
主催者として無事故で済ませることはある意味義務ですし、
「また支援に来よう!」と思ってもらわなければ負けだし。


まあ、事前のリサーチ不足という面も否めませんでしたが、
ありとあらゆる旅行やイベントの幹事業務の中で
ぶっちぎりでキツイ貴重な経験となりました。

あんまり書くと愚痴っぽくなるのでやめますけど(苦笑)
色々勉強になったなー。バス手配から行動計画、現地NPOとの連携まで。
類似企画をやりたい方、相談乗れますよw


すんげー大変だったけど、

「貴重な経験になりました」
「また必ず来ようと思います!」
「次回のマッドバスターズツアーは僕が主催したい!」

という参加者の皆さまの声は本当に嬉しかったです。
行動のきっかけを作って、支援の輪を広げることが目的だったので。

改めて参加者みなさま、そして運営を手伝ってくれた皆々様、
本当にありがとうございました!


【Fly-Panda活動報告@仙台長町】


最終日の6月5日(日)は、マッドバスターズ本隊と離れて、
Fly-Pandaのメンバーは本業(?)のかすてら作成へ。

今回は仙台の長町というところで、仮設住宅で避難生活をしている
住民の方々を対象としたチャリティーイベントに招いていただきました。

2.JPG

色んなものがパワーアップ。
パンダのロゴやキャラクターもできたよ。

3.JPG

4.JPG

想像以上に子ども受けがよく、
たくさんの子どもたちが手伝ってくれました!

5.JPG

そしてこの注目度の中で…

6.JPG

オープン!

7.JPG

今回のかすてらは、過去最高の出来具合。
フツーにふっくら膨らんだし、何より見た目がいい!
なんか、お店とかで見たことあるよこういうかすてら!


何か悪いことが起こるんじゃない?
ってくらい終始うまく行ったイベントでした。

再認識したのが、「巨大かすてら」というコンテンツ力の高さ。
来場者に喜んでもらえたのはもちろん、その場にきていた現地NPOや
被災地の学校関係の方から

「どういう条件を満たせばやってくれるのか?」
「うちにも来てやってくれないか?」

と、本当に沢山のお問い合わせを受け、
一気に夏場までの予定が埋まりつつあるという嬉しい悲鳴状態。


そんな我々Fly-Panda、公式HPや
フェイスブックのファンページができつつあります。

まだ皆さまに協賛をお願いする段階に至ってないのですが(色々と苦戦中…)、
こちらも随時アップデートしていきますので、
お気に入りなどにご登録いただけると幸いです。

公式HP
http://fly-panda.org/
フェイスブック
http://www.facebook.com/FlyPanda.jp
mixi
http://mixi.jp/view_community.pl?id=5645797


--


長くなってますが、タイトルに戻り。

最近、ちょっとモヤモヤしてたのですよ。
ボランティア活動、支援活動への関わり方についてというか。


最初に南三陸町に行ってから二ヶ月以上。被災地支援を続けようと決意してから、
そりゃあもう色んなトラブルを引き起こしました(苦笑)。
沢山の人と衝突して、いさかい起こして、謝って。

こんなことしてて、被災地の役に立ってんのかなーとか。
周りの冷静な大人たちみたく、目の前にあること、自分にできることを
やっていた方が結果的にいいんじゃないかなーとか。

そのたびに「いやこれは、自分のためにやってるんだ」とか言い訳つけて、
無理に自分を奮い立たせてたような気もするわけね。


んで今回、3回目となる現地入りを通じて、

「ああ俺これ、人のためになるのが嬉しいんだな」

ってことに確信が持てたような気がするんですよ。
これまでの人生で僕、

「目の前で困っている人がいます。助けますか?」

って問いに無条件でYesって答える人じゃなかったと思うんですよ。
何か理由付けを探してからじゃないと手を差し出さない、的な。
というかそもそも、他人にあんまり興味がないし。←


そんな人間が、無償どころか今のところ持ちだしが多い
支援活動を継続できて、終わったらすぐ「次はどうしようか」って考えている。
これはもう、単純に「(他人のためになることが)好きでやってる」としか思えません。

自分が世のため人のためになることに快感を見出すようになるとは…
(いや結局、快感のためにやるんだったら自分のためなのかもしらんけど)


というわけで、被災地支援活動を通じて何より変わってきているのは
自分自身なのかもしれないな、と思った連休なのでした。
なんか中2っぽくてスマソ。

そんじゃーね!(ちきりん風)
posted by おときたしゅん。 at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月14日

GW被災地支援 -石巻マッドバスターズ後編-

さあ、長くなってきたのでここからはサクサク行くぜ!


【5月5日】


この日は非営利団体「Fly-Panda(ふらいパンダ)」の活動第一弾、
多賀城市(仙台の隣)でのかすてら炊き出しイベントへ。

GW中にできると思っていませんでしたが、
奥田さんの尽力で現地NPO団体にうまく話しが付き、
多賀城高校で行う被災地応援イベントに便乗することができました。

石巻から移動するため、朝4時半に起床。
相変わらず朝は寒い。


《東松島、仙台市荒浜地区》


「下道で仙台まで行けば、東松島とかが見れる。
 あそこも相当ひどい。見ておいた方がいいんじゃないかな」

という奈良さんの提案で、
少しだけ東松島市と、仙台市内でも最大級の津波被害があった
荒浜地区を視察。

東松島。

1.jpg

2.jpg

道が冠水してしまい、これ以上車では進めない…。

3.jpg

4.jpg

二ヶ月経った今も、水没した街。
この街の時計の針は、3月11日から止まったままなのでしょう。

仙台市荒浜地区。

5.jpg

6.jpg

信号機やガソリンスタンド。

普段見慣れたものの変わり果てた姿を見るのは
筆舌に表せないほどのショックです。


事実から目を背けないため、
また被災地への関心を長く持ち続けるため、
たとえ野次馬と言われようとも現場を見ておくべきだと僕も思います。

ただ、必要以上に見るのは本当に精神的に良くないと痛感しました。
僕は南三陸町、石巻、そしてこの2ヶ所を見て、
完全に心の許容量をオーバーしてしまいました。

正直、帰ってきた今でもちょっと精神的にキツイ時があるくらいです。
物見遊山はほどほどにしておくべきだったと反省。


《多賀城高校にて》


気を取り直し、多賀城高校で東京からきたFly-Pandaメンバーと合流。

急な予定だったので車が集まらず、twitterで車を出して下さる方を募集したところ
面識もないのに車の提供を申し出てくれた、トモコ姉さんと初めましてのご挨拶。
他にもお忙しい中、前狭山市議会議員のみうらさんも車を出してくれました。

本当に僕らの活動は、人々の善意で支えられています。
そしてブログやtwitterで培ってきた人脈は無駄ではなかったと実感。


下準備を終えて、イベント開始時刻に。
子どもたちも交えてのかすてらタネ作り。

7.jpg

こんな作業でも楽しいと言ってくれる子どもに感謝。笑
焼き上がりには1時間半ほどかかるのですが…

8.jpg

見よ、このかすてら待ちの大行列!!

9.jpg

焦げ目がつかなくて、ちょっと失敗してしまったけれど…

10.jpg

11.jpg

12.jpg

13.jpg

子どもたちや、被災地の方々の笑顔が何よりのやり甲斐です。


ちなみにかすてら焼き上がりの待ち時間中、
AKB48を踊って場を盛り上げていたら仲良くなった中学生の女の子が

「ダブってるから、あげる!」

と言って板野の下敷きをくれました(感涙)。
なんか色んな意味で一生の宝物ですコレ。
キモいと言われようとも、部屋に飾り続けるぞ俺は。

てゆーか皆さん、被災地の子どもたちと仲良くなるのは
AKBのダンス覚えるのが一番早いっすよ、マジで。


ちょっとした失敗はもちろん沢山あったけど、
1回目の活動としては

「大 成 功 ☆」

と言えるのではないでしょうか!
非営利団体「Fly-Panda」のHPは、いよいよ近日公開予定!

だけど、ちょっとだけフライングして動画を見せちゃいます。
編集してくれたアキラさん(ほぼプロ)、ありがとうございました!
(てか公開OKですよね?まずかったらご指摘下さい。)



http://www.youtube.com/watch?v=fITy7UiWTGw


仙台市内で牛タンを食し、
銭湯に立ち寄ってから石巻のテントサイトへ帰還。
翌日に備えて泥のように眠る。


【5月6日】


さて、昨日とは打って変わってこの日は
誰の笑顔も見れないジミーな泥かき作業です。

炊き出しが沢山の人に「ありがとう」って言われて
笑顔もいっぱい見れる「光のボランティア」だとすれば、
マッドバスターズはまさに「闇のボランティア」。

誰も住んでいない民家を泥かきする時なんかは、
感謝の言葉すらもらえることがありません。
だから何ってわけではないけど、それがボランティアの現実。


ということでこの日は民家というか
今は誰も住んでいないアパートの1階の泥かき。

が、リーダーのNさんが場所を間違え、小一時間ほど
まったく無関係な民家を清掃するというアクシデントに見舞われる。笑

14.jpg

この日のヘドロちゃんはちょっとウェッティ。
すくいやすいけど、重くて臭いが厳しいです。

15.jpg

お隣りでは、重機を操る方々が作業していました。
てっきり公式な行政の方々かと思っていたら、

「いやいや、あれも全部ボランティアの人たちなんだよ」

とリーダーのNさんが教えてくれる。
地元の建設業者が、重機を人員ごとボランティアに提供しているそうな。


結局いま石巻市のこの地区には行政が一切入ってなくて、
交通整理も重機での瓦礫撤去もすべてボランティア。

復興妄想会議とやらが一向に進まず、どの区画を残して
住めるようにするかが決まっていないため、最低限の道やインフラを作ったら
行政の作業はすべてストップしてしまったらしい。

そりゃあ瓦礫の山が一向に減らないハズだよ…。
前途多難とはこのことだ。。


この日は、Nさんの教授で床板剥がしにも挑戦させてもらいました。

「ここに力入れるだろ?んでこうだ!(バコっ!)」

いとも簡単に、1枚10秒程度で床板を剥がしていくNさん。
さっそくオトキタさんもチャレンジ!

「ここに力を入れて、おりゃー!(ベキっ)ああっ?!(ヘドロの海に落下)」

うん、難しいねコレ。。
でも最後の方には少しできるようになったぞ!
床板を剥がす際には、ぜひお申し付け下さいませ(ないと思うけど)。


この日は一軒の家を完了できたので、爽快な達成感。
テントサイトに帰ると、この日からセブンイレブンの移動店舗なるものが出来ていました。

16.jpg

なるほど、これはコンビニエンス。


夕飯は、ボランティアワッペンを見せると
1000円まで無料にしてくれるという粋なサービスをしている「ココ壱」へ。

町ぐるみ、企業ぐるみでボランティアを支える石巻は本当に素晴らしい。
東京でもココイチを食おう。


この日も自衛隊風呂に行き、明日に備えて早めに就寝。
星が死ぬほど綺麗な夜でした。


【5月7日】


いよいよマッドバスターズも最終日。

「今日の民家は絶対に終わらせたいね」

とみな気合が入る。
しかし、向かった先に大ボスヘドロは待っていた。


この民家の正面には、どでかいパルプ工場が。
津波で溶けて流れてきたパルプが、ヘドロと混じって固まり偉いことに。
床下のみならず庭や裏庭、窓の下にまでヘドロとパルプが積み重なっていました。

こちらのお宅では、土曜日ということもあって
民家の方々も総出で泥かき作業。ボランティア含め15人くらいで、
くっそ重いパルプとヘドロの固まりに立ち向かっていく。


昼休み、おじいちゃんが

「すぐとなりにいたばあさんは水に沈んでしまった。
 手を伸ばして、足も伸ばしたけど届かなかったんだよ…」

と、津波当日のお話しをポツリ、ポツリとしてくれて。
僕らはただ、ただじっと聞くことしかできなかった。


裏庭からは、園芸に使うはさみや工具が沢山出てきて。
民家の方に見せると、

「それは、隣のおばあさんの形見だ…」

と言って、愛おしそうに泥を落として磨いていた。
なんとしてもここだけは今日終わらせると、決意を新たにする。


そして人間、やればできるもので。
絶対終わらない量だと思っていたヘドロどもが

17.jpg

どかーん。
3、4トンくらいあるんじゃないだろうか…
写真の裏にもまだまだ一杯あります。


「まさか連休中に片付くとは思わなかった。ありがとう!」


という嬉しいお言葉をいただき、
我々マッドバスターズの今回の任務は無事完了。

テントサイトに戻り、丸4日お世話になったテントを撤収。
名残惜しさを全力で感じながら、日が沈む前に石巻市を後にしたのでした。


--


以上が、5日間に渡る僕らのボランティアの記録。
長くなったけれど、感じたことや見てきたことを余すところなく伝えたつもり。

僕らがやってきたことは本当に微力かもしれないけれど、
被災地はまだまだボランティアの支援を必要としています。
「足りている」なんて確実に誤報です。

被災地に行くのは、健康な身体とちょっとした行動力があれば誰にでもできること。
少しでも気になった方は、石巻にがっつり人脈を作ってきたので
ぜひ次回ご一緒しましょう。合わせて、Fly-Pandaの活動も宜しく!

18.jpg

we are マッドバスターズ!!
posted by おときたしゅん。 at 04:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月12日

GW被災地支援 -石巻マッドバスターズ前編-

1.jpg

「うわー真っ黒!南国でも行ってきたの??」

土方焼けは男の勲章。
どうも、オトキタです。


お知らせの通りGWは十日間、東北に滞在しておりました。
そしてその後半は移動日含めてあしかけ5日間、宮城県石巻市で
ボランティア活動に従事して参りました。


見てきたこと、やってきたこと、感じたこと、考えたこと。
あまりにも大きくて、あまりにも複雑で、あまりにも衝撃的で。


気持ちの整理がまだできていない部分もありますが、
被災地支援に向かいたい方への参考になればと思い、
備忘録をアップさせていただきます。


まー色々と重たい話しもあったんですが、
暗くなってもしょうがない!ってことで、前編の今日は
くだけた日記調でお送り致します。

写真満載、長くなりますが、興味のある方はどーぞ。


--


【活動場所の決定 –宮城県石巻市へ-】


連休前、どこのボランティア情報を見ても

「連休中は募集停止」
「県外からの受け入れは行っておりません」

とのこと…。

しかし、必ずニーズはどこかにあるはず!
この広域災害で、人手が「足りている」わけがない!


そう考え、当初は人が少なそうな(東京からアクセスの悪い)
岩手県北部の被災地に支援活動へと飛び込むつもりでした。
しかしながら、先発隊で被災地に入っていた奈良さん、平くんから

「石巻、いくらでもやることがあるぞ。
 テントサイトも駐車場も余裕。とにかく来るべし!」

との情報。
正直、石巻市に対しては


「テレビでも報道されている、いわゆる『メジャー』な被災地」
「アクセスも良いし、さすがにここはボランティアも『足りてる』んじゃないの?」


といった認識でした。
なので、奈良さんたちの情報にも半信半疑。

それが木っ端微塵に壊されることになるとは、
このときの自分は思いもしなかったのでした。


【5月3日】


《仙台市内の様子》


5月3日、東北観光弾丸ツアーのメンバーと仙台で別れ、
東京から俺の車を持ってくる大学同期の倉石、
そしてその小学校時代の同級生の原くんと合流。

壮絶な渋滞に巻き込まれている東京組を待つ間、
仙台市内の商店街や百貨店を散策。


仙台市内は、一見すると本当にいつも通りの光景でした。(普段をあんま知らんけど)
百貨店内なんか、節電をしている都内のお店より明るいくらい。

ただ、目抜き通り沿いの建物にも、
崩れて立ち入り禁止になっている建物がチラホラ…

2.jpg

合流後、仙台の先輩の家に立ち寄りお話しを聞いたのですが、
2階が傾いていたり、ドアに隙間ができていたり。
震災の傷跡はまだまだ残っている模様。

差し入れを色々ともらい、奈良さんたちが待つ
石巻専修大学のキャンパス(ボランティアの拠点)へ。
明るいうちに着きたかったが、日もすっかり落ちた夜にキャンパスに到着。


《石巻テントサイトにて -マッドバスターズ誕生-》


テントサイトや駐車スペースの混雑を直前まで心配していたが、
テントや車の数は多いものの、まだまだ余裕がある。
合流した奈良さんから色々と現地の話しを聞き明日からの行動計画を練る。


「マッドバスターズ(泥かき部隊)の活動がマジで熱い」
「ここまできて泥かきをしないのは漢ではない」
「泥かきをしよう、なっ!」「や ら な い か」


など、断ったらその瞬間に掘られそうな勢いだったので、
泣く泣く翌日からマッドバスターズに入隊することを決意。

ヘドロ達との闘いが、幕を開ける。


【5月4日】


《テントサイト・ボラセンの様子》


宮城の朝は寒い。
テントの中で、寝袋に入っていても寒さで何度も目が覚める。
6時には起床。

3.jpg

明るいところで見るテント村。
不謹慎だが、夏フェスのテントサイトのようで少し楽しい。

4.jpg

ボランティア用に朝食を炊き出してくれるテントも。


朝8時半、ボランティアセンター(通称ボラセン)の受付開始時刻。
散々「ボランティア受け入れ停止」をうたっていた割に、
新規受付も普通にやっていた。

5.jpg

後でわかった話しだが、テントサイトの許容量を超えると踏んで
受け入れ停止を表明したところ、想像以上にボランティアが減ってしまい、
むしろ連休前よりボランティアの人数が減ってしまった日もあったのだとか。

確かにこの辺りがお金を払って契約するビジネスと違い、
善意で来る人の人数は調節できないので難しいところだが、
それにしてもHPではリアルタイムで状況などを更新できないものだろうか…


ボラセンで受付を済ませてワッペンと保険証をもらい、
奈良さんが予め人脈を作っていたNPO「アモール」の活動に合流。

この団体は主に浸水してしまったお宅の泥かき、泥だしを
担当している団体で、仕事内容が比較的単純なことから
「ニーズ表」を渡されて、それぞれが担当の民家に向かう形式。


「君たち、(車で)自走できる??」
「ハイ!」
「じゃあ、5人1組になってこの地図のお宅に行ってきて」

「あの、車はどこに停めたらいいでしょう?」
「…この辺りにあるコンビニにこっそり停めさせてもらって」
「…なるほど。」


ボランティアの人数がたくさん来ても、それを運ぶ車、
車を停めておくスペースが足りないことを早くも痛感。


《大街道地区の民家へ》


指定された「大街道」という地域に向かうと、
そこには凄惨な光景が広がっていました。


石巻市の比較的内陸部は道路が凸凹なのを除けば
比較的普通の光景で、商店なども営業を再開していましたが、
やはりここでも道路一本、数十mが明暗をくっきり分けていました。

大街道地区に入った瞬間、潮と腐臭が混じった鼻につく刺激臭。
どこを見渡しても目に入るひしゃげた車、瓦礫の山々。
そんな中、被害のなかった二階部分で暮らす民家の人々。

6.jpg

7.jpg


まず思った最初の感想は、

「二ヶ月経った今でも、こんな状態なのか?!」

でした。
4月上旬に南三陸町を見ていましたから、
完全に津波を被った街は壊滅していることはわかっていました。

しかし、2メートルほどの津波が襲ってきた地域でも、
ここまで復旧が進んでいないとは…。早くも陰鬱な気分になりながら、
今日担当する民家へと到着。


仕事内容は至って簡単。
床を剥がしてくれる別働隊がいるので、
剥がしてくれた部分から床下に溜まった「ヘドロ」を掻き出すこと!

波が引いたあと残った大量のヘドロ。
これをそのまま夏場まで放置しておくとどんどん腐敗が進み、
形が残った家にも住めなくなってしまう。なので、これが時間との闘いなのです。

8.jpg

ちょっと見にくいけれど、色が変わっているところまでが
津波に浸水していた部分。このお宅自体が少し高いところになったので、
この地域は約2メートルほどの津波が押し寄せてきたようです。

そしてその津波が完全に引いていったのは、なんと3日後。
そりゃあ家の中も床下もぐちゃぐちゃになるのは道理です…。

9.jpg

10.jpg

床下に5センチ以上も積もった、
重くて臭いのキツいヘドロを無心に書きだしていく。

「うおおお!被災地のために頑張る俺は格好いい!
 見よ必殺、スコップファイナルバスタァァァァ!!」


-6時間後-


心と腰がへし折れる。

何が大変って、慣れない作業や重たい土嚢もそうだけど、
夜あれだけ寒かったのに体中びっしょりになるほどの暑さ!
こりゃあ真夏に作業したら、本気で死人が出るんじゃないかと思う。


一緒に作業していたのは、長野県から来たという
おそらく60歳以上でリタイア済みのおじさま方。
大工道具を使いこなし、軽々と床板を剥がしていく。

普段から大工でもしているのかと思って尋ねてみると、

「いやいや、単なる山岳仲間の集まりだよ」
「田舎に住んでるおっさんは、何でも出来るんだよ」
「都会もんは、床板の一枚も剥がせないなんて大変だなぁ!」

いやいや、普通床板は剥がせませんて。
しかし、こういう時に技術があるのは心底羨ましいなぁと思う。
もっと被災地の役に立ちたいものね。


大体朝9時から始まり、4時頃に作業を終了して
スコップなどの道具を清掃、片付けて撤収。
作業のハードさを考えると、実働6時間がやはり限界だと思う。

11.jpg

この日書きだしたヘドロの量。
おつかれさまでした。


《日和山公園へ》


テントサイトへの帰り道、
平くんの案内で

「高台にある公園で、石巻市内が眼下に見渡せる。
 こういう言い方もなんだけど、ちょっとした観光スポットになっている。
 色々な考えはあるけど、やっぱり見ておくべきであると思う」

と言われた日和山公園に立ち寄ってみる。

12.jpg

13.jpg

復興の気配すら見せない沿岸部。
おそらく、政府の施策で当分住むことはできなくなる。
それでも直視できる光景が戻るまで、あとどれくらいかかるだろう。

14.jpg

二ヶ月経っても水位が下がらず、
本来陸地であった部分も浸水している。


5人がかりで、一軒の民家の泥かきすら完了できなかった
我々個人の力は、こんな光景を前に圧倒的に無力。
ただただ、無力だった。


《自衛隊風呂入浴体験》


心身ともにヘトヘトになってテント村に帰ってくると、
那須塩原温泉からきたボランティア団体が
うどんとそばの炊き出しをやっていました。

15.jpg

ありがとう那須塩原市。
今度のアサシンズ(温泉)ツアーはここにするよ!

お腹を満たした後は、奈良さんの案内で
ボランティアも利用できる自衛隊による入浴支援
通称「自衛隊風呂」へ。テントサイトから車でおよそ10分程度。

16.jpg

松戸基地の部隊が運営しているから
「松戸の湯」と言うそうです。こんな迷彩柄ののぼりまで作るなんて
自衛隊もなかなかお茶目ですね!でもやっぱりピンクとかじゃダメなんだろうな。

17.jpg

自衛隊風呂のテントの中はかなり大きくて、
待合所、脱衣所、入浴場の三つで構成されていました。
入り口で番号札を渡され、中が空くと番号が呼ばれます。


中の様子は当然写真には撮れなかったのだけど、なかなか面白い。
真ん中にでっかいビニール(?)の浴槽があって、
その周りに椅子を並べてみんな桶でお湯をすくって身体や髪を洗う。

んで身体を洗い終わると、その浴槽の中に入ってあったまるという、
かけ湯と入浴湯が一緒になった実に合理的(?)なシステムです。

「他人が入ったお湯で頭を洗うなんて!不浄!野蛮!」

なんて人には向かないお風呂ですが、
そんな人間はボランティアに来ないし被災地にもおらんわな。


脱衣所にも入浴場の中にもガチムチの自衛隊員がおり、
困っている人がいるとすぐに駆けつける実にホスピタリティ溢れる入浴支援。
出口では冷たいお水とお菓子までもらえちゃいます。

出入口の隊員に厚くお礼を行って帰還。


日が落ちると寒くなる石巻市では、
テントに引きこもる以外さりとてやることもない。
日中、一緒にマッドバスターズをやった阿部ちゃん(♀)を交えて談笑。


「東京から女の子一人できたの?!凄くない?」
「テントとか野外生活とか、怖くないの??」
「えー、でもアフリカで半年くらいサバイバル生活してましたから(しれっ)」


うーん、ボランティアに一人でくる女性は逞しいですねえ…。

テント村の消灯時間は23時。
慣れない作業で力尽き、自衛隊風呂で温まった我々は
消灯と同時に驚くほどの速さで眠りに落ちたのでした。


--


さあ、前半の日記でこの長さ!
まだカステラもボスヘドロも出てきてない!

ってことで、次回に続く(のか?)。
posted by おときたしゅん。 at 01:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月11日

被災地支援:4月9日 南三陸町活動報告(後)

前編はこちら↓
http://otokita.seesaa.net/article/195332742.html

【メイクアップ、ネイルケアサービス】


志津川中学校に戻り、支援物資の受付にいた方に

「やっぱり、ここで美容ボランティアをやらせて下さい!」

と頼むと、

「大丈夫だと思います。一応、行政のトップに許可を取って下さい」

とのこと。
入り口にある行政の本部テントで
今回の企画趣旨を説明すると

「ああ、では迷惑のかからない程度にやって下さい…」

と、冷たいわけではないけれど
かなり感覚が麻痺してるような返答でした。
これに激しく違和感を感じながら建物の中へ。


校舎の中に入り、どこでどのように
実施しようか思案していると、先ほど物資倉庫にいた
みおちゃんがやってきてくれました。

「どこを使っていいのかわからないんだけど、
 本部の人に聞いて許可を取ってきた方がいいかな?」

と尋ねると、

「本部の人になんか聞いてもダメだよ!
 ここと廊下の机と椅子使っていいから。あと、みんなお昼食べてるけど
 準備ができたら一緒に宣伝に行ってあげる!」

と、非常の頼もしい返答(感涙)。
みおちゃんの絶大なる協力を得て、
午後1時前にプロジェクト『美』、スタート!

14.jpg

弊社の美容部員さんが個人的に提供してくれた
プロ仕様のメイクボックス。

15.jpg

あまり若い方はいなかったのですが、
最高で82歳のおばあちゃん(写真手前)まで
爪のお手入れやメイクアップのサービスを受けてくれました。


一番人気があったのが、ネイル。
高齢の方はメイクされるのは抵抗がある方も多いし、
高校生位の娘たちは(東京の子どもと違って)メイクは未体験。

でも爪は気軽にできるし、見た目も綺麗なので
興味津々らしく、メイクは嫌がっても

「爪だけなら、ぜひ!」

という女性はたくさんきてくれました。
ネイリストの友人、めけのアドバイス通り
ちゃんとリムーバーも全員にあげてきましたよ!


また、メンバーのかるぴすのアイディアで

「メイクやネイルしてあげた後、チェキで写真を取ってあげる」

というのもかなり好評で、
写真をその場であげたこともとても喜んでもらえました。


また、メイクを手伝えない男性陣は手持ち無沙汰だったので、
前日に中村さんから現地が欲しがっていたと聞いて急遽持ってきた
DVDプレイヤー替わりのプレステ2を共有のビジョンに接続。

16.jpg

ドラえもんやらハリーポッターのDVDも6枚ほど提供。
少しでも気分転換になってくれると良いけど。

またメイクサービスをするスペースでは持ち込みスピーカーから
音楽をかけていたのですが、

「テレビ以外で、まともな音楽を聞けたのは久しぶり!」

との声もあり、本当にこうした
娯楽グッズが足りていないこともわかりました。
何か聞きたい曲がないか聞くと、若い子はみんな

「嵐!」「AKB48!」

で、国民に愛される2大グループまじでパネェっすw


【テレビ取材】


公的な被災地には必ずNHKの職員が張り付いているらしく、
「美容のボランティアにきた」というと興味津々の様子。

「本社も興味を持ってくれるのでは?」
「でも、建物の中の撮影は厳しいんだよな…」
「中継でコマをとれれば…」

など、なにやら小声で話し合っている(笑)。

結果的に、15時台のテレビニュースで中継のコマがとれたらしく、
NHK東北で1分半程度、活動の様子を報道してもらえました!
東北地方以外には、残念ながら映らなかった模様…。

僕のインタビューも流れたっぽいんですけど、
おばあちゃんにリップの色を選んでいる時に中継始まったから
テンパって変なことを言ってたような気がします(;´д`)トホホ…


ちなみに余談ですが、
中継が決まって打ち合わせをしていると
若そうなNHKのディレクターから

「もしかして、というか、オトキタさんですよね?」

と話しかけられる(爆)。
なんと、早稲田の2コ下で便利舎(企画サークル)だったらしい。

世の中って狭いね!
NHKの現地での裏話も色々と聞けましたw


【人々の様子とか】


あまり年齢の近いボランティアが来ないからか、
中学生〜高校ぐらいの子どもたちととても仲良くなりました。
ボランティアやっていた間ずっと、周りにいて宣伝してくれていたり。

その中の、13歳のRちゃんが
携帯をいじっていたと思ったら急に飛び上がって一言。

「やったー!今、彼氏ができたのっ!!」

異常に盛り上がるその場一同!

「えーすごいっ!」
「◯◯先輩だよねっ!なんてメールきたの?!」
「おめでとー!いいなぁいいなぁ!!」

そんな大騒ぎを聞きつけて、
教室から出て様子を見にくるRちゃんのお父さんお母さん。

「なんでもないから、あっちいってー!!」

その後、1日中Rちゃんは顔を蒸気させながら
幸せそうにしていて、なんとなく場の空気もほっこりして
癒しの空間が醸成されましたとさ。


ちなみに、Rちゃんは携帯が流されてしまい、
5人家族で一台の携帯電話を共有しているとのこと。

だから男友達や彼氏(に今日からなった人)からメールが来ると、
読んでほっこりした後にすぐ消してしまうそうです。

こんな苦労も、被災地ではあるのだなぁと。
いいことも悪いことも、本当に行ってみないとわかりませんね。

17.jpg

18.jpg

仲良くなった現地のコたち。
みんな明るくて、ほんとうにしっかりしていた。


【行政への憤り】


救援物資が配られないとか、規則ばかりで硬直しているとか
非難の絶えない行政の態度ですが、僕はこんなことを目の当たりにしました。

僕らがメイクやネイルが終わった人の
写真を撮っていると、おじいさんが凄い勢いでやってきて一言。

「おめえらかっ、写真撮ってるのはっ!!」

その剣幕と東北弁から、怒られるのかと思いましたが、
話を聞くと自分の奥さんの写真を撮って欲しいとのこと。


「今回の震災で、奥さんが障害持ちになってしまった。
 障害者登録をするために行政に問い合わせたら、必要な書類と一緒に
 4×3の証明写真を2枚同封して仙台市役所に送れと指示された。
 全部流されて、写真なんかあるわけない。どこで撮れっていうんだ!」


瓦礫の山となった街に、証明写真機なんてあるはずがない。
写真が残っていたとしても、定規がないからサイズなんて測れない。

そういうことにまったく想像力を及ばせず、
こういう指示が出せる行政にはやはり疑問を抱かざる得ません。


ポラロイドで認められるかはわかりませんが、
念のため4枚ほど写真を撮り、iPhoneで定規アプリをダウンロードして
4×3のサイズに切ったものをあげてきました。スマートフォンは神。

役所に無事受理されることを祈るばかりです。


【バイバイ、志津川中学校】


志津川中学校で避難生活をしているのは現在、120人ほど。
地方への集団避難が始まり、随分少なくなったようで
一時期はこの3倍以上の人数が寝泊りをしてたとのこと。

「学校も再開しなければいけないし、
 この避難所も長くて4月末まででしょうね」

だそうです。
また、あるおばあちゃんからは

「一週間前だったら、まだ若い女の子もたくさんいて、喜んだだろうねぇ…」

と言われ、もう少し早く来れれば…と忸怩たる思いも感じました。


仲良くなったみおちゃんたちとの別れを惜しみながら、
再会を誓って校舎から出る。

「少しは、現地に貢献できたかな!」

そういう気持ちを持って校庭を曲がると、
小高い山の上にある敷地からは眼下にこの光景があるわけです。

19.jpg

なんだかこの瞬間が、一番ぶわっときました。

校舎の中で明るく話していて忘れていたけど、
あのコたちは毎日、ここからこの光景を見てるんだ。
あのコたちは、こういう現実の中で毎日を生きてきたんだ。

そして、これからも。

そんな人たちに僕らは、たった1日のボランティアで
どれだけ貢献できたというのだろう。これから、どんな貢献をしてあげられるだろう。

複雑な想いを胸にしながら、僕らは南三陸町を後にしたのでした。



--


最後は少ししんみりしてしまいましたが、
今回の計画に賛同して下さったみなさま、
改めて本当にありがとうございました!

予想以上にたくさんの方から支援物資をいただき、
何年も会ってない人やtwitterで知らない人からも支援をいただき、
本当にネットの力や皆さんの被災地に対する思いを感じ取れた活動でした。


それにしても、ボランティアは本当に難しい。
行政がうまく機能してないことは確かだけれども、
そうかといってこのように個人で動くことがどこまで許されるのか…

ボランティアに関する自分の意見は、
日記を改めてまた必ず書きます。


ともあれ、今後ともなんらかの形で「美」を通じた
被災地支援は続けていくつもりです!むしろ、これからが勝負。

今回は一緒に行けなかった方々も、ぜひ次回は一緒にやりましょう。
メイクや美容の技術云々より、大事なのは「人間力」だと今回痛感しております。

そして急で無茶苦茶な計画にも関わらず、現地での苦楽を共にした
よーたくん、かるぴす、ちあ、あやねにスペシャルサンクス。


色々考えることも失敗もあったけど、今回は本当に、行ってよかったと思ってます。
被災地でも美は求められるし、愛だって生まれる。
テレビニュースやtwitterでは、わからないことばっかりでした。


1日でも早く、被災地の方々が
美しく健やかな笑顔で過ごせる日常を取り戻せることを。

震災から一ヶ月後の日に

オトキタシュン
posted by おときたしゅん。 at 17:39| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。